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第一章 第三話 邂逅 その二

 赤い月に照らされ、赤黒い血を垂れ流す死体を背にして、女性は夢斗を見下ろしていた。

「怪我はない?」

 女性は刀の血を払い、手慣れた手つきで鞘に納めた。

「あ、はい」

 夢斗はそう言って立ち上がると、ズボンに付いた砂埃を払い落とす。

「アナタと会うのはこれで二回目ね。残念だわ。アナタは私と昨日であったことを思い出す」

 夢斗ははじめ、女性の言ってる意味が分からなかったが、その答えをすぐに知り得た。

 失った記憶の一ページが、夢斗の中へ舞い戻る。穴の空いたジグソーパズルが埋まるように、点と点が繋がる。

(そうだ、俺は昨日、この人と出会ったんだ)

 夢斗は全てを思い出した。

「訊きたいことがあるでしょう」

 女性が言った。

「ああ、山ほどあるさ。まず、キミの名前は?」

「人に名を尋ねるときは、まず自分から名乗るのが常識よ」

「ああ、はい」

 女性にそう諭された夢斗は、一度呼吸を整えてから答えた。

「俺の名前は足達夢斗。『夢斗』でいいよ」

「わかったわ。私の名前は『イブ』。深く追求しないでくれると嬉しいわ。呼び方は…、アナタの好きにして貰って構わないわ」

 イブは表情を変えることなく言った。

 夢斗はここに来て、昨日の女性がイブと同一人物であるという結論に達することが出来た。それにしても、イブに対する不可解なことは多い。

「そうか。じゃあ、イブ、訊きたいことは山ほどあるけれど、それでも良い?」

「ええ、結構よ。ここで二度も会ったのだから、きっと何かの縁でしょうね」

「うん、じゃあ、えっと……」

 口を開いたのは良いものの、夢斗は何から訊けば良いのか解らなかった。

 なぜ、赤い瞳をしているのか。なぜ、そんなに強いのか。なぜ、得体の知れない生き物が現れるのか。なぜ、月が赤いのか。

 イブとその周りの事象全てが、疑問となって夢斗の頭を埋め尽くす。おびただしい量の疑問を全て問うのは煩わしい、しかし、訊かずには居られない。訊かなくてはいけないということは解っている、だが、何を最初に訊いたら良いかが解らない。

 思考に詰まった夢斗は、気分転換にと何気なくイブの全身を見渡した。顔つきは端整で、麗しい黒髪がそれを一層引き立たせた。年齢は夢斗とさほど離れていないだろう。イブの顔の中で一際異彩を放つものは、間違いなく紅い瞳であろう。深くどこまでも澄んだ瞳は、『深紅』と形容した方がふさわしいであろう。

 夢斗がイブを一通り見渡したとき、夢斗の頭に根本的な疑問が湧いた。

「ねえ、君は家とか、着替えとかはあるの?」

 イブの服は昨日と同じ物であった。なぜなら、昨晩浴びた返り血が赤黒く変色していたからである。

「ないわ」

 イブは特に躊躇したり口籠もったりせずに、はっきりとそう断言した。イブのあまりに堂々とした返答に、夢斗が戸惑うほどである。

「う〜ん」

 イブの堂々たる態度や、異常なほどの強さ、外見などから総合すると、彼女は普通の女性ではないということに夢斗は戸惑うのみであった。

 とりあえず、下宿先や着替えのないイブを不憫に思った夢斗は、多少冒険だったがイブにこう切り出した。

「あのさ、良かったら、俺のウチに来ない?」

 しばしの沈黙が流れると、イブは表情を変えることなく言った。

「ええ、では、お邪魔させて頂くわ」

 そうして二人は、路地裏から抜け出した。


 夢斗とイブが居なくなった路地裏では、先刻イブに屠られた魔物の死体から、強烈な悪臭が立ちこめていた。

 匿名の通報を受けた警察が明け方に到着したとき、現場に降り立った警官はあまりの臭いの酷さに意識を失った。

 悪臭を放つ奇異な死体は、当然の事ながらワイドショーの格好のネタとなった。

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