表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/64

第七章 第一話 魔界。そして、新たな戦いへと

「準備はいい?」

 初めて会ったときと同じ服装の、白い和服姿でイブが訊く。

 園美と分かれてから、夢斗はしばらくエントランスホールで立ち尽くしていた。それからは、何がきっかけで部屋に戻ったかは覚えていない。気が付いたとき、彼はベッドの中にいたのだ。

「ああ。いつでも行けるよ」

 そこは例の廃工場だった。いつぞや、老齢の大司祭との一戦があり、二人の思いの丈がぶつかり合い、互いを理解し合った場所である。

 夢斗は剣とボストンバッグを両手に一つずつ持ち、イブは刀を腰に差し呪符を右手で掲げていた。

「じゃあ、始めるよ」

 彼女はそう言って、呪符を放った。すぐさま右の掌を突き出すと、呪符はその動きに呼応したかの様に宙に浮く。

 夢斗は呪符の動きを目で追っていた。空中をふわふわと漂う五枚の符は、禍々しい反面どこか可愛くも見える。

「行こう」

 彼女は快活な笑みを浮かべながらそう言った直後、細い腕が背中に回ってくる。そして、そのままきつく抱き寄せられた。触れた部分から、体温が伝わってくる。

 きっと、不安があるのだろう。いくら里帰りと言っても、故郷は戦争で跡形もなく破壊されているのである。それに、彼女が先導する次元転換は初めてである。

「うん」

 そんな彼女の憂慮を察し、相手の眼を見て強くうなずく。数秒間見つめ合うと、互いに前を向いた。

 イブは眼を閉じる。腕に入る力が一層強まった。それとほぼ同時に、ゆっくりと呪文を唱え始めた。

「ナダン……アフテン……カンテンゲジ……」

 彼女がそう唱えると、呪符がそれに反応し、二人を取り囲む様に周遊し始める。

 腕に更に力が加わり、イブは続きを唱える。

「ネカクイ……クマウ」

 呪符は周遊速度をみるみる上げ、強い光を発し始めた。

「デトコテツデマ……レソラタシイ……パッシマ」

 呪符が砕ける。いや、無数の光の集まりになったと言うべきであろう。周遊時の速度を保ちつつ、幾つもの光の帯が二人を包む。内側は、真っ白な光が形作る空間となった。

「……。あとは、念じるだけね」

 イブは眼を開けて、そうこぼした。腕の力は弱まっていたが、まだ夢斗の背中に回されたままであった。

「念じる?」

「そう、念じるの。ワタシが魔界の事を頭の中で思い浮かべるから、夢斗は楽にしてて」

「うん。わかった」

 そんなやりとりの後、彼女は再び眼を閉じた。口を小さく動かし、何かをつぶやいてもいる。

 しかしながら、本当は今のイブの仕草など、夢斗にはどうでもいい事であった。一番の関心事は、これからどうなるという事である。それも魔界に着いてからどうこうではなく、このまま無事でいられるか、という不安だ。

 夢斗がこれから先の事について、あれこれと考えているおり、脇からイブの声が響く。

「行くよ!」

次の瞬間、彼の視界は光そのもので埋め尽くされた。それに加え、途切れることのない振動と轟音が襲う。何度か飛行機の離陸を経験したことのある夢斗だったが、今回のものはそんなレベルではなかった。直下型地震か巨大隕石の落下のような、凄まじく桁違いなものだった。

「……!」

 声を出すことも、指一つ動かすことさえままならない。数秒前の光の津波によって閉じたまぶたも、開けることが出来なかった。ただ、背中と腰にかけて、何かがあたっていることだけは分かった。

(イブ……)

 心の中で彼女の名前を呼ぶ。度を越した衝撃の中で感じるイブの腕だけが、夢斗の頼みの綱であり、イブの存在の証明でもあった。

 時間にして数十秒だろうか。光も振動も轟音も、全てが消えた。外部からの強烈な干渉がはたりと消え失せたのだ。ただ、相変わらず、彼女の腕の感覚だけははっきりと残っている。

 夢斗は恐る恐る、こわばったまぶたを開けてみた。するとそこには、見渡す限りの平原が広がっている。地上には浅緑、そして、天高く澄んだ青空。おおよそ夢斗の抱く魔界のイメージとはかけ離れていた。

「ここが……。魔界?」

 夢斗はぽつりとこぼす。

 魔界と聞き、彼はてっきり地獄のような場所を想像していた。空は赤黒く、世界の果てまで荒野が広がり、あちらこちらに鬼や犬の類が群れている。そんなとてつもなく殺伐とした光景を、夢斗は思い描いていたのだ。

 しかし、実際は違った。のどかで平穏。下手をすれば、羊の群が目の前を横切ってもおかしくなさそうな光景。戦争や魔獣の存在を疑いたくなるような世界だった。

「そう。ここが、魔界よ……」

 イブはゆっくりと噛みしめる様にして答えた。帰郷したことによる懐かしさから、それきり何も喋らなくなる。

 夢斗は深呼吸をしてみた。鼻で空気を取り込み、肺胞をゆっくりと膨らませる。問題なし。魔物の血が発する異臭や、予想していた息苦しさなどは無く、いつも吸っている空気と何ら変わりなかった。むしろ、都会の空気より澄んでいるようにさえ感じる。

「本当に、ここは魔界なのか?」

 にわかには信じることが出来ない。辺りをぐるりと見回すと、、見渡す限りの広々とした草原である。空気も全くと言って良いほど、問題なかった。

 戸惑いを隠せずにいる夢斗の表情を察してか、イブが口を開く。

「信じられないかも知れないけれど、ここは魔界なの」

「本当に?」

 疑念はぬぐい去れないままだ。

「本当よ。……!」

 その言葉の直後、彼女の目つきが変わった。柔和で優しい目つきが一転、鋭いものに変わる。

「どうしたの?」

 夢斗がそう言うのとほぼ同時に、彼女は両足を肩幅より広めに取り、腰の刀の柄を握る。

 次の瞬間、彼女は振り返り、目にも留まらぬ速さで抜刀。

「伏せて!」

 紫電一閃。

 イブに促される様にして振り返った夢斗には、状況が良く分からなかった。しかし、一つだけ分かった事がある。眼前で痙攣する生き物の肉塊と、舞い踊る鮮血。鼻を刺す例の臭気が、事実を彼の前に突きつけた。

「わかった?」

 まだいるであろう残存の有無を知ってか、イブは臨戦態勢のまま言う。

「ここは、魔界」

 イブの言葉と、夢斗の中の結論は一致していたのだ。

 夢斗は半ば反射的に、研を鞘から抜き放つ。龍の彫刻の眼が、赤々とした光を発した。

こんにちは、伊之口遅筆です。

これだけの文面を書くのに、一ヶ月弱掛かりました。

はい、ヘタレです。すみませんでした。




<(_ _)>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ