第六章 第八話 紫と茶
久々の更新です。恐らく、一ヶ月ぶりくらいですね。たいへん長らくお待たせしまして、申し訳御座いません<(_ _)> あと、八話で六章は終わりになります。それを踏まえて、皆様お楽しみ下さい。
マンションのエントランスホールに、園美がいた。制服姿であることから見て、まだ家に帰り着いていないのだろう。怒りや疑いの籠もった目は、真実を求めているようにも見えた。
「また、あのコ?」
目と目があった瞬間、園美がそう切り出した。
「ああ」
夢斗は短く答える。この時、彼にはある懸念があった。ここで真実を知った園美は、学校でそれを暴露するのではないか。そんな心配が頭を過ぎるたび、言い知れない不安感を覚える。それ故、短く答える事しか出来なかった。
「そうなんだ。何をしに行くの? 学校休まないと出来ないこと?」
園美は彼女自身の持つ疑問だけをぶつけているのだろうが、その一つ一つが確信を突いていた。問いに対しどう答えて良いか解らず、目を泳がして視線を逸らす。
「答えられないんだ。それだけ大事な事なんだね」
「ああ。学校を休むのも、それだ」
「そんなの解ってるわよ……」
「もう、これで気が済んだ?」
いつしか取り囲んでいた気まずい空気に耐えきれず、早く解決したいの一心で、夢斗はそう言った。しかし、それは逆効果だった。
「『気が済んだ』……。ねえ、マジで言ってんの?」
園美の語勢が一気に荒くなる。どこか喧嘩腰だ。
「いきなり信じられないような事言って、学校休んで。それでメールの一通だけで。それで、今度はサボり? それで『気が済んだ』だなんて、マジ信じられない。これで良いワケないじゃん」
「園美……?」
「黙って。アタシの名前を呼ばないで。アンタ、どうしようもないね。自分勝手過ぎ。ウザい。他の人が信じても、アタシは信じないからね」
「……」
一気にまくし立てられ、夢斗は口籠る。それは、園美の意見の正しさと、彼の中にある罪悪感を象徴するものだった。
「そうだな……」
長い時が流れたように思えた。本当は、たかだか数秒の沈黙だったにも関わらず、今の夢斗はかなり長く感じた。そうした長い時間の中で絞り出せたのが、この短い一言だけだった。もはや、反論の余地はない。相手の言葉が真実なら、肯定する以外の選択肢は無かった。
「ふざけないで!」
慣れない怒りの感情を抑えられず、園美は右手で夢斗の頬をひっぱたいた。
「うっ……」
避ける事はできた。しかし、夢斗はそれを甘んじて受け止めた。左頬に鋭い痛みが走る。
「なんでそう、自分勝手ばっかなの? アタシとか、みんなの事も考えなさいよ!」
夢斗は黙ったままだった。
「アタシが怒ってるのは、振られた事じゃなくて、アンタの自分勝手さだよ。分かってる?」
「ああ。分かってるよ」
「嘘。分かってるはずない。分かってたら、まず最初に謝ったりするでしょ?」
園美はそれだけ怒鳴ると、そこからは全く無言になる。夢斗の答えを待っているとも、新たにまくしたてる準備をしているようにも見えた。
気が付けば、園美の息は上がっていた。全力疾走の直後の様に肩で息をしている。
「アタシとかみんなを振り回してさ、それでアンタは自己満? もうイヤ。本当に、サヨナラ」
園美の平手が、再び夢斗の頬を襲った。痛みが二重になって伝わる。二度目の平手を打ち終えると、そのまま踵を返し彼女は去っていった。
待って、と叫べない自分がいた。そんな自分は、彼女の背中をじっと見詰めている。自動ドアをくぐり彼女がエントランスホールからいなくなると、ガラスの自動ドアに自分の姿が映る。暗い鏡に映った自分は、とても小さく情けない様にみえた。
『自己満』
園美からの一言が、痛み以上に響いていた。
自分がこれからやろうとしていることは、単なる自己満足でしかないのだろうか。
先生も、クラスのみんなも、園美も騙し、それで良いのだろうか。
園美が自分を打ったのは、そんな自分の目を覚ます為ではないのだろうか。
本当に、これで良いのだろうか。
数々の自問が発するが、決して答えは出なかった。
「もう……。イヤ……」
マンションを後にしてから、早足で歩いていた。しかし、嘆くように独り言を呟いた瞬間に、立ち止まってうつむく。
園美は夢斗を呼び出したまでは良かったが、彼の顔を見た途端、本来の目的を忘れてしまった。本当は、これ以上振り回さないで本当の事を言って、と訴えたかったのだが、溢れる感情を抑えることが出来なかった。散々怒鳴った挙げ句、二度も引っぱたいてしまった。
先程の『イヤ』は、自分の幼さに対する嫌悪の表れだったのかも知れない。しかし、その真偽の程は、当人である園美にも解らなかった。
「なんでこう……。自分でも解ってるのに……」
複雑に混同してゆく、何かへの嫌悪。渦を巻き、捻れて行き、本来の姿を失いつつある。青と赤が混ざって紫になるような単純な物ではなく、紫と茶が混ざるような混沌。
夢斗も自分勝手ではあるが、自分も自分勝手だという事に気付いた。夢斗には夢斗なりの事情があるし、彼なりに自分へのけじめも付けたのだ。なのに、それを受け入れられず、あまつさえ感情を抑えられなかった。彼女は今、本当に後悔していた。
「ゴメン……、ね……」
涙が頬を伝う。これまで何度も伝った涙だったが、園美には初めての感触だった。
この涙は、紫と茶を洗い落とせるのだろうか。それとも紫と茶を含んで、園美の心から出ていこうとする自己防衛なのだろうか。
さてさて、これで六章は終わるのですが、何やら重々しいですね。イブはすっきりしたのに、夢斗は何やら重い物を抱えてますし。あと、これは作者の個人的な感想なのですが、みんな泣きまくってると思います。まあ、何はともあれ、次回からはいよいよ魔界行きです。しばらくご無沙汰だった戦闘シーンも、次章からばんばん盛り込んでいきます。ついでに新キャラもちょろちょろっと(笑)。それでは皆様、これからも宜しくお願いします<(_ _)>