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第六章 第五話 剣の謎

 夢斗は、今日になってから二度目の帰宅を遂げた。

「ただいま」

 玄関のドアを抜けリビングへ。すると、見慣れた同居人がそこにいた。

「おかえり。早かったね」

 イブは床に正座し、刀の手入れをしていたようだ。彼女の正面には包丁用の砥石があり、右側には水を張った洗面器が置かれていた。

「ああ、しばらく学校に行けないって、言いに行っただけだから」

「そうなんだ」

 イブはそう言うと、休めていた手を再び動かした。手元では、柄から外され刀身のみになった刀が、石の上で静かにスライドしている。刀身の峰の方に両手の親指以外の指を沿え、角度を巧みに調節しながら前へ後ろへ。その度に、規則的なリズムで涼やかな音が響く。

 ひとしきり済んだ所で、刀身を石から離し電灯の光にかざす。丹念に研ぎ澄まされた刀身は、新たな命を宿されたかのように輝いている。刀そのものの反射と、刀身を伝う水滴の反射とで、より鮮やかに、より清らかに煌めきを放つ。それは、命を奪い血に染まる凶器ではなく、限りなく洗練された芸術品にさえ見えた。

「終わったの?」

 制服の上着を脱ぎ、椅子の背もたれに掛けながら訊く。

「ええ、だいたいはね……」

 真っ直ぐに刀身を睨み付け、夢斗に背を向けたまま答えた。

「そうだ。俺のもやってくれる?」

 ふと、自分の剣の事を思い出した。来るイブ転生の為の魔界行きに向け、自分も準備をする必要があると判断したからである。

 しかし、イブの返答は意外なものであった。

「その必要はないわ」

 背を向けたまま、毅然とした語勢で答える。

 何か悪い事を言ってしまったと思った夢斗は、自然と引け腰になり、申し訳なさそうに聞き返す。

「なんか、悪い事言った?」

「えっ!?」

 急に弱まった声を出された事に、はっとした様子で振り返る。

 互いにきょとんとした表情で見つめ合い、しばし気まずい空気が辺りを支配する。

 ややあって。

「夢斗の剣には元から強い魔力が込められていて、手入れをする必要はないの。せいぜいが、薄れた魔力を補充するくらいなんだけど、それは『聖域』と呼ばれる場所以外では出来ないの」

 取り乱した様子ではないが、少し萎縮した様な口調だった。夢斗に変な気負いをさせてしまった負い目からであろう。

「でも、剣の魔力が薄れた様子はないし、まだ大丈夫だと思う」

「そうなんだ。それで、その『聖域』ってのはどこにあるの?」

「国内の数ヵ所に点在していて、各所にはレベルの高い神官や魔術士がいて守っているの。もし、それがまだ続いているならば、ひとつならあてがあるわ」

 弁解のつもりが少々踏み込んだ部分まで話してしまった、と後悔したが、特に問題はなかった。聖域の事は話さなければならない事であったし、魔界に行った時の拠点にするつもりである。つまり、話す話さないではなく、早いか遅いかの問題だったのである。

 イブがあらかた話し終えたところで、夢斗は彼女の話の内容を整理していた。

 わずかな黙考。その後、彼は小さくうなずく。

「うん、わかったよ。要は、剣の事はしばらく心配ナシって事だね?」

「そうよ。魔界に行くまでは特に気にしなくて良いわ」

 峰に二つ折りにした白布をあて、切っ先に向けて余分な水を拭いとる。すると、刀本来の輝きを取り戻し、一点の曇りもない澄み切った光沢を放つ。

 彼女は何か思い出したように、

「あの剣には魔力が込められていているから、普通の剣より切味が良いの。もし、あれが普通の剣だったら、夢斗はもうやられているわ」

 負い目から開き直り、話は少しシビアな内容になる。

 夢斗はいきなりの告白に驚き目を見開くが、彼女は構う事なく続けた。

「初めて敵を斬ったとき、切味に比べて手応えが無かったでしょう。それが魔力の効果よ」

「そ、そう……」

「魔力が込められていているのていないとでは、切味とか扱いやすさが格段に違うの。持ってみて」

 イブは手入れが済み、刀身を柄に納めた刀を差し出す。夢斗は躊躇いなく刀を取るが、

「うっ、重い……?」

 想像していた重量よりも重く、それに呆気を取られ無言になる。

 毎度毎度、イブはこんなに重い物を軽々と振り回していたのかと思うと、余計に自分の弱さが浮彫りになる。次第に視線は床を向き、顔付きは沈んで行く一方だった。

「はあ……」

 深く重いため息。

「どうしたの?」

「いや、あのさ、俺ってイブに比べると、全然小さい人間だなあって、思ってさ」

 彼は刀を返した。

「イブは凄いよ。戦争に巻き込まれてこっちに来たのに、そんな事を気にさせないくらい元気だしさ。刀の扱いだとか、戦い方だとか、魔法だとか、俺とは比べ物にならないじゃん。それでちょっとね」

 夢斗の本心だった。彼は自分以上の力を秘めたイブに、最初から引け目を感じていた。

「俺も頑張ろ……」

 どこか遠い目で呟く。

 刀を鞘に収める最中だったイブはそれを聞き逃したが、彼の両拳が決意の元、固く握られたのを見て、詮索をやめた。

「でさ、いつ出発?」

 先ほどの沈んだ表情とはうってかわって、明るい表情で訊く。それはまるで、旅行の日取りを知りたがる子供のようだった。

 イブは彼の豹変ぶりに数瞬当惑したが、すぐに気を取り直し彼の顔を覗き込む。

「な、何?」

 いきなり見つめられた事に困惑する。その後、彼女は微笑んで、

「何でもない」

 そう言って視線を逸らした。

「早い方が良いと思うの。できれば、明日までには発ちたいかな」

「わかった。じゃあ、俺は準備してくる。着替えとか」

 背もたれの上着と鞄を取り、自室へと向かった。


 夢斗が自宅に着いた頃。学校では夢斗が休学するという事実が、担任の国松から他の生徒に告げられた。

「――と言うわけで、足達はしばらくの間学校を休むそうだ」

 国松が話している間、教室内は整然と静まり返っていた。

「先生」

 教室の静寂を破り挙手したのは、夢斗の友人の野島だった。

「夢斗は本当に帰ってくるんですか?」

 夢斗から告げられた通りに伝えた国松だったが、本当にとか核心を衝かれる質問をされると自信がなくなる。しかし、たかだか一週間そこいらの物であろう。正当な理由の上での休学であるし、事態は一刻を争う。国際電話か何かで連絡をくれるか、後で事実確認さえできれば特に問題はない。

 回答に戸惑う国松だったが、要は法事の様なものである。違うのは、行き先が海外なのと、保護者であるという事だけだ。

「大丈夫。確かに足達はスペインに行くが、法事みたいなものだ。足達は帰ってくる」

「わかりました」

「恐らく、足達はもう空港に向かっているだろう。何か伝えたい事があったら、今すぐの方が良いだろう。しばらく足達とは連絡が取れなくなるからな」

「え? 何でですか?」

 例によって、というか、クラスに必ず一人はいる理解力の乏しい生徒が素頓狂な声を出した。

「だからなあ、関島。飛行機と海外じゃ、携帯が使えないだろう」

 半ば呆れた様子で答えた。なんとなく、国松の普段の苦労がうかがえる。

 関島の一言で、教室中が湧く。そんな喧騒の中、ただ一人真相を知りうる人物は、ひたすらに腑に落ちない様子だった。

「へぇー、足達くんのお父さん、スペインで事故っちゃったんだ。あれ、園美? どうしたの?」

 教室の隅の席の彼女は、真実を叫びたい衝動に駆られていた。

「ウソよ……」

「えっ? そういえばさ、足達くんと別れたって聞いたけど、もしかして、これが原因?」

 隣の女子が問いかけるが、園美は答えなかった。

(また、あのコね……)

 怒りにも似たものが募る。どうやら、夢斗の休学が偽りの物で、それが何を隠すための嘘かを、大体ではあるが見破った様子である。そして何より、自分よりイブを選んだ事が気にくわなかった。

(ふざけないで)

 次の瞬間、固く握られた拳が机に降り下ろされ、周囲の生徒が不安げな視線を送ったが、当の本人はまったく歯牙にもかけなかった。

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