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第五章 第十話 本当は…

さて、第五章のラストです。

果たして、夢斗はイブを殺すことが目的だったのか? イブは、夢斗と別れを告げるのか? 二人はこれからどうなるのか? 第五章の謎が、ここで全て明かされる!(映画の宣伝風に)

さて、お遊びが過ぎました。最近前書きとか書いてない反動ですねコレ。

では、ごゆっくりどうぞ!

 ぽつりぽつりと、まるで降り始めの雨の様に、涙の雫がこぼれ落ちる。それは、一滴一滴、たったひとつの例外なく、一人の少女の頬に落ち、伝う。


 殺せなかった。

 一人の凶徒、いや数瞬前の凶徒だった彼の脳裏で、そんな言葉が生まれた。

 深い後悔。そして、何故か溢れ出る涙。

 そもそも、俺のやりたかったことは何だ? 彼女、不幸の元凶である悪魔を殺す。

 では、殺せそうだったか? 殺せた。それも、ほぼ確実に。

 どうして、死んでいない? わからない。

 剣が問いかけ、自分が答えていた。しかし、剣の声が、自分の心の奥底の心理だと言うことは、大分前から熟知していたし、それを利用し自分を奮い立たせたこともあった。

 目の前には、震える自分の手と、それに握られた剣。それと、イブ。


「チキショォォォ――!!」

 これまでに聞いたことのない、獣の咆哮の様な叫び声が響いた。

 夢斗は一際大声で叫んだ後、剣を思いきり床に叩きつけた。床に触れると、数回バウンドしてから止まる。

 剣には一瞥もくれず、イブは叫喚するのみの夢斗をしげしげと見詰めていた。

 数十秒経って、彼の叫び声は止まり、工場内の木霊も無くなった。彼はそのまま力無くうなだれると、だらりと腕を垂らし何かを考えているような素振りをみせる。

 刹那、夢斗はイブの喉元を両手で押さえた。いきなりの行動に反応出来ず、細い首ががっちりと掴まれる。指に段々と力が込もり、ぎりぎりと気道を締め上げていく。視界がぼやけ、全身が酸素を欲している。息の上がっていた彼女にとって、いきなりの絞首はたったの一〇秒ほどでも命取りだろう。徐々に、ゆっくりと意識が薄れて――

 しかしまた、それが彼女の命を奪う事は無かった。ふっと力が指から抜け、気道への圧迫が無くなる。

「ごほっ、ごほっ……」

 力無く咳き込み、のど笛を押さえる。幸い、絞首によるダメージは大した事は無かったが、首に微かな圧迫感が残っていた。喉を押さえたまま視線を上げてゆく。目の前の夢斗は、今度は床に突っ伏しうずくまっていた。殆ど微動だにしない。

 剣は遠くにあるので、警戒することを忘れなければ大丈夫、と踏んだイブが、彼の肩にそっと手を置いた。夢斗からのリアクションはない。その代わりに、僅かな振動と彼の体温を手に感じる。

「うぅ……」

 静かに、とても静かに彼は泣いていた。

 その事を知ったイブは、彼の後ろに周って胴体に腕を回すと、

「訳を、話して」

 優しく囁いた。


『何故、イブを殺そうとしたんだ』

 彼は殺意が芽生えたときからの問いを、未だに解決出来ずにいた。正確に言えば、正解を導き出せずにいた、と言った方が正しいであろう。

 殺意が芽生えたとき、その時は確かに良心が働いた。『殺してはいけない』と。しかし、イブに対する殺意で心が充満しつつあった彼は、『あいつは不幸の元凶だ。だから殺す』と強引に答えを出し、無理矢理自分に言い聞かせた。

 その後も何度か良心は、その姿をかいま見せた。しかし、その度に『彼女は不幸の元凶』と、ずっと言い聞かせた。

 『不幸の元凶』と、何度も何度も自分に言い聞かせ、イブに対する殺意を正当化しようとした。最初のうちはそれでも何とかなった。しかし、十字路で電柱の陰に隠れたとき、彼の殺意もまた僅かに姿を隠し、その代わりに良心が影を落とす。『殺してはいけない』と、良心に囁かれた彼は、固い地面に拳を突き立て、再び殺意に心を染めてしまった。

 そして遂に、彼はイブを追い詰めた。見ると、彼女は全身傷だらけで、歩き方もぎこちない。顔を上げたときに見えた彼女の姿は、何よりも弱々しく見えた。

 夢斗の殺意は、迷うことなく暴れ出した。何度も何度も暴威に染めた剣を振るい、幾度と無く彼女を殺す一歩手前まで歩み寄れた。しかし、あと一歩という所で、不運にも良心が力を振り絞った。『殺すな』と頭の中で叫ばれ、手に掛けるかどうかを思わずとまどってしまう。涙が溢れる。何故だ。追い打ちの様に剣の声が聞こえた。

『お前は、いや、俺はイブが好きだ。愛している。愛おしく思う。殺すのは間違いだ』

 最後の切り札を見せつけられ、その時の夢斗を支配していた悪意は、剣の声に耳を塞ぎたい一心で、獣の様に雄叫びを上げ、剣を何処かへ放った。そうすると、剣の声は聞こえなくなる。

 武器を失ったが、殺すことは出来る。息が出来なければ、向こうは死ぬ。そう確信して彼女の首を掴む。細い首を難なく覆うと、渾身の力を込めて握りつぶす。

(あと少し、あと少しで終わる)

 不幸の元凶が無くなる。邪心に染まった心と眼で、今にも消えかかりそうなイブを見た。苦悶に満ちた表情で、じっと自分の顔を見ている。すると、あろう事か良心が最後の力を振り絞る。

『イブが死んじゃうだろ。死んで欲しいのかよ。本当は、大好きなんだろ!?』

 ふっと、彼の指から力が抜け、全身からも力が抜けた。すると、これまで気付かなかった涙の熱さに、ここに来て初めて気付いた。

そうなってからは早かった。がくりとうなだれうずくまると、自分の腕に突っ伏して泣いていた。不思議と声が出ない代わりに、こんこんと涙が溢れ出る。

(もう駄目だ。俺にイブは殺せない。イブの事が好きで好きで、限りなく愛おしい。でも、こんな事をしてしまったら、間違いなく嫌われる。どんなに優しく寛大な人でも、絶対に怒る)

「訳を、話して」

 暖かいイブの腕に包まれ、優しいささやきが心の真相まで染み渡る。その時、最初の問いの正解が導き出された。

『何故、イブを殺そうとしたんだ』

『それは、イブが悪魔で、俺はイブの事が大好きだったからだ』

 イブは悪魔。しかし、俺は人間。この恋は実るはずがない。彼女とは、いつの日か別れないといけない。なのに、これ以上親しく愛おしく思えば、別れがとても辛くなる。

 その為に、イブを殺してこの愛を無くしてしまいたかった。つまり、本当は殺したくなんか無かった。本当は死んで欲しく無かった。でも、結ばれないことが恐くて、嫌で、受け止めたくなくて安易な道を選んでしまった。『不幸の元凶』といういい加減な答えは、取って付けたこじつけでしかない。

 愛するが故に、とても辛い未来と立ち向かう自信が無かった。

 あれ、俺は喋っているのか? 涙声を出しながら、イブに包まれて喋っているのか? 解らない。もういい。どうなっても良いや。もう、イブの笑顔は見れない。最後に、イブが帰る前に言いたい。

「イブのこと……、大好きなんだよ……」

 視界が、真っ暗だ。だけど、ちょっとだけ、暖かい。


 夢斗を優しく抱きしめ、彼女はずっとかすれ声の真意に耳を傾けていた。そして、最後に彼の放った一言を聞いたとき、彼女の目から涙が溢れる。同情か、それとも感動か。少なくとも悲しみ以外の理由の涙だった。

「夢斗……。ワタシも、大好きよ……。だから、もう、こんな事しないで……。お願い……」

 彼を強く抱きしめる。


 既に夜は終わりを告げ、東からまばゆい朝日が昇っていた。工場の扉の隙間から注ぐ陽光は、また新たな絆に結ばれた二人の姿を照らす。まるで、二人の進むべき道を指し示すかのように。

 二人を照らす一筋の光は、彼らの見いだした希望にすら見えた。

はい、これにて第五章はおしまいです。

つーか心理描写は難しい、はい、難しいです。途中、一人称なのか三人称なのか解らなくなってますし…。

え〜、この微妙なできの心理描写についてのご指摘、および「前夜〜イブ〜」に付いてのご意見、ご感想、ご質問など、どしどし募集してます。気軽にメッセージ下さい<(_ _)>

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