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第五章 第五話 入れ違い

 イブがマンションのエントランスを抜けると、一つの後悔が生まれた。

(電車賃……)

 普段は夢斗から工面して貰うのだが、今回はそれが無かった。そんな事を考えつつも、彼女の足は進んでいた。これも、イブの責任感の強さからであろう。

 彼女はそれから休まず歩いたが、住宅街の十字路でぴたりと足を止めた。正面に進めば駅まであと数分。左に進めばありきたりな造りの公園。そして、右に進めば無人の廃工場。いつもの練習場に辿り着く。

 彼女は右に顔を向けた。その先に住宅はなく、無人の月極駐車場が道の両端に建ち並んでいた。緑色のフェンスに囲われ、地面は地肌が剥き出しで、駐車スペースには空きが目立つ。

「こんな近くまで……」

 イブは深く落胆した。皮肉なことに、彼女の持つ敵の出現と場所を特定する力は、『廃工場に敵がいる』と告げていた。しかし、少し救われた気にもなった。気まずいムードの中、半ば逃げるようにして飛び出してきた彼女に、今更「お金くれる?」と夢斗に切り出す勇気は無い。不謹慎であることは解っていながら、自分に僅かな安堵を許した。

 そこに街灯は無く、暗く不透明な闇が広がっている。その上、今夜はいつもの闇に別の闇が紛れているようにも見える。それも、その別の闇は、徐々にその割合を増していくようにも見えた。

(敵は……、一人? でも、かなり強い……)

 十字路から廃工場までは、距離にして五〇メートル。イブは意を決して歩き出した。

 廃工場への道を歩く中、イブはほんの数日前の事を思い返していた。

 夢斗と一緒に歩いた道。その時の夢斗はとても元気で、無口な自分を気遣ってか軽い冗談を交えながら歩いていた。その時、自分はこの世界に慣れていない事もあってか、少しも笑えなかったが、夢斗の笑顔だけは強く心に焼き付いている。

(今はもう……)

 気がつけば、イブは廃工場の目の前に立っていた。頭の中で何度も夢斗を思い出す内に、いつの間にやらここまで来てしまったのだ。

 三メートル程の高さの灰色のフェンスに囲まれた廃工場は、五年前までは稼働しており、とある有名企業の専属工場だったらしい。だが、本社の経営難により閉鎖され、今では『立ち入り禁止』の看板が至る所に掲げられ、堅牢な錠が人の侵入を阻んでいた。

 イブは廃工場の周囲を歩き、あるフェンスの前で止まった。そのフェンスは他のフェンスと変わらず、鈍色にびいろの針金が格子状張り巡らされ、頂きには有刺鉄線を湛えている。彼女は迷うことなくフェンスに手をかけると、おもむろに手前に引いた。すると、いとも簡単にフェンスがフレームから剥がれ、人が難なく通る事の出来そうな隙間が生じた。

 イブは躊躇う事無くその隙間に身を通すと、敵の気配が強く感じる所に向かって歩き出した。


 イブが目を覚ました時から、遡ること数時間。アルバの住む宮殿は大騒ぎになっていた。

 事の発端は、その日の昼下がり。昨日の夕方から部屋に籠もり切りのアルバを心配した執事が、アルバの部屋を訪れた時に起きた。何でも、部屋はもぬけの殻で、部屋の床の中央には複雑な魔法陣が描かれていた。また、普段は壁に掛けてある彼の得物も消えてる。

 その事を知った神殿の大司祭であるヒュエル・ガロは、激しく狼狽した。

「ああ、何と言う事だ。まさか、人間界に行かれるとは。こうしてはおれん。私も今すぐ参りましょうぞ!」

 ガロは自分の得物。長柄の先端に重りと無数の突起の付いた武器、狼牙棒ろうげぼうを掴み、神殿の祭壇に向かう。

 祭壇に到着したガロは、すぐさま次元転換の儀式の準備を始めた。しかし、祭壇を警備していた部下の僧侶に制止される。

 四人の僧侶はガロを取り囲み、四人掛かりで羽交い締めにする。

「ガロ様。落ち着いて下さい。次元転換の儀は大変危険な行いでございます。どうか、お引き戻りを」

「ええい。五月蝿い。今、一番危険なのはアルバ様じゃ。離すのだ!」

「なりませぬ。どうか、お引き戻りを」

「黙れ。ええい、かくなる上は……。エイッ」

 ガロは精神を統一すると、すぐさま解放。すると、竜巻の様な衝撃波が発生し、四人の僧侶を一発で吹き飛ばした。

『うわぁぁぁ!』

 部下という事もあってか、ガロの攻撃は手を抜いているように見えた。しかし、僧侶達は例外なく五メートルの高さまで飛ばされ、地面に落ちるとバタバタともがく。彼等の体には、腕と胴体を縛る光の輪があった。

「アルバ様。今参りますぞ」

 祭壇の中央、また魔法陣の中央に立ったガロを無数の光が包む。

「ガロ様!」

 僧侶の一人が叫んだ時、ガロは強烈な光を纏い、祭壇の魔法陣から姿を消した。

 辺りに静寂が戻り、祭壇はいつもと変わらない厳粛な雰囲気に包まれた。

「ガロ様……。あっ」

 ガロが姿を消してから数秒後、僧侶達を縛る光の輪が消えた。自由を取り戻した僧侶達は、各々立ち上がり互いの顔を見合わせる。

 その時、また祭壇が騒がしくなる。

「おおい! だれでもいいから来てくれ!」

 祭壇は神殿の最深部にあるのたが、神殿全体が大理石の造りであり、また神殿内は天井が高いので声の反響が顕著に表れる。 

 神殿の中を反響するざわめきや足音が、事態の重大さを告げてる。最初の叫び声も、かなり取り乱した様なニュアンスが感じ取れた。

 神殿内の雰囲気に飲まれた僧侶達は、冷や汗を流しながら事の運びに気を張り巡らせる。

「……怪我……。生命の危機……」

「今すぐ……。取り返しが……」

「大司祭……。一刻も早く……」

 声から察するに、入り口付近は大変な騒ぎに見舞われている様だった。どうやら、重体の患者がかつぎ込まれたらしい。

 この国は神殿を中心とした熱心な宗教国であり、医療、教育、政治、立法、軍事などの国事一切は、神殿の司祭と国王が中心となって行われる。

 しかし、ここは王族の宮殿直属の大神殿である。ここを利用できるのは、王族と位の高い貴族、軍将校のみである。

 騒ぎ声は段々大きくなってくる。どうやら、この大祭壇に向かっている様だ。

 神殿に急患がかつぎ込まれてから数十秒後、担架に乗せられた患者が祭壇に到着した。

 担架に乗せられた患者を見て、四人の僧侶は言葉を失った。担架に乗せられていたのは、他でもないこの国の王子、行方不明のアルバであった。

「おい。すぐに治療を始めろ。アルバ様の命が危ない」

 アルバを運んできた大柄の僧侶は、四人の僧侶にそう言った。その間にも、アルバは祭壇に運ばれる。

 四人の僧侶の内の一人が、大柄の僧侶に尋ねる。

「容態は」

「どうやら、かなり強力な呪文でやられたらしい。その上、その衝撃で強引に他の次元から弾き飛ばされた。体へのダメージは深刻だ」

 大柄の僧侶は淡々と容態の説明をした。

「わかった。すぐに治療を始めよう」

 四人の内の一人がそう言うと、残りの三人が素早く祭壇に駆け上がる。四人目が踵を返したところで、大柄な僧侶がそれを制する。

「おい、それより大司祭のガロ様はどうした?」

 すると、四人目は気まずそうに口を開いた。

「それが。つい今し方、アルバ様を追って、人間界へ……」

 僧侶の言葉は、『アルバ様とガロ様は入れ違いだ』と告げる。最初からガロによる治療を臨んでいた大柄の僧侶は、目的の人物が居ない事を知ると力無く絶句した。


 神殿が更なる混乱に見舞われたことを知らないガロは、人間界への次元転換に成功し、例の廃工場に降り立った。

「むう……。アルバ様がアルバ様はこの次元の何処かに……」

 ガロは小さく呟くと、得物を肩に担いでその場を睥睨した。

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