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第五章 第四話 夢斗に芽生えた邪念

 夢斗が己の中で渦巻く感情を告げたと同時に、室内の二人は言葉を失った。夢斗は廃人によく似た眼で床の一点を見詰め、イブはそんな夢斗を呆然と見ていた。

 二人の間が沈黙に包まれてからややあって、イブが口を開いた。

「どうして……?」

 ようやく綴られた言葉。それが発せられるまで、イブは夢斗の発言に戸惑っていたのである。

 ベッドを背にしてうなだれる夢斗は、重々しく返す。

「俺の日常を壊したんだ。もう、出てってくれ……」

 イブから逃れるようにして、夢斗は視線を逸らした。

 イブには、夢斗の言葉とその後の行動が信じられなかった。そして、自分にとって最も恐れていたことが現実に起こってしまったことに対する恐怖心もあった。何か言おうとして止める。彼女の口からは、出損ないの言葉が溢れる。

 夢斗は視線を逸らしたまま、何も言わず押し黙っているばかりだった。

 途方もなく思い空気の中、イブは何とか言葉を絞り出した。

「ワタシ……、夢斗の日常を壊しちゃったの……?」

 夢斗の反応は無い。しかし、僅かに頷いたように見えた。

 イブはそんな夢斗を見逃さなかったが、それにより数限りない罪悪感に襲われた。これまで過ごしてきた中でも、何回か微弱な罪悪感に苛まれた事はあったが、そのときは夢斗との会話や信頼で何とか乗り切ってきた様に見えた。実は乗り切ったのではなく、イブが心の奥底に封印していたのである。今回、夢斗が頷いたことは、これまでため込み押し殺してきた罪悪感を呼び覚ますと同時に、その裏付けにもなった。祖国から逃げてきた時も感じた罪悪感。しかし、今回はそう以上に重くのし掛かる。元来、責任感の強いイブは、石の様に固まった。いや、それしかなかったのである。

 このときの夢斗はイブに対する嫌悪に支配されていた。出来ることなら、今すぐ剣を手に取り、その白刃をイブに突き立てたくていっぱいだった。しかし、気力の伴わない彼には、何もすることは出来なかった。ただただ、抜け殻になるのみである。

 罪悪感に潰される寸前のイブと、抜け殻か廃人と化した夢斗。互いの精神状況は最悪そのものであった。しかし、皮肉なことにイブの本能が敵の襲来を感じ取ってしまった。

「……敵」

 そう呟くイブ。イブにとって、この陰鬱でよどんだ悪循環を断ち切る動機としては最適だったが、一人で行かざるを得ない状況である。夢斗はもう、使い物にならない。

「夢斗……。敵が来たから、ワタシ行くね……。待ってるから……」

 使い物にならないという結論を出したが、それでも夢斗への期待を込めて、彼女は『待ってる』と告げた。以前、自分の命を救ってくれた彼に対する、僅かな希望を乗せた末の決断だった。

 イブは若干の不安を抱きつつも踵を返し、姉の部屋の刀を手に取り玄関へ向かった。外に出るとき一度だけ振り返り、彼女はもう一度夢斗に向けて言った。

「待ってるからね……」

 イブはそう言ってドアを開け、その場を去った。

 夢斗からの返事は無く、マンションの一室にイブの声だけが響いていた。


 イブが発ってからどれだけ時間が経ったであろうか、自分だけになった夢斗は、内心ほっとしていた。自分の生活を狂わした元凶が居なくなったからで有る。とはいえ、いつ戻ってくるかも知れないので、完全に安堵を漏らすことはしなかった。

 姿勢や視線を変えず、無表情のまましばしの心地よさに浸る。

 呆然とどこかを見詰めつつも、夢斗はこれからの身の振り方について考えを巡らせていた。 敵が現れたらしいが、もう自分には関係ない。イブが死のうが、無関係な人間が死のうがどうだって良い。元々、自分も一般人だったのだ。いつイブに付き合って化け物退治をしようが、いつそれから抜けようがそんなのは良心とか親切心に任せれば良い。また、例の路地裏にでも行けば、俺みたいな物好きと出くわす。そいつと化け物退治に精を出せばいい。とにかく、俺はもう沢山だ。二度と帰ってくるな。お前の存在は、俺にとって迷惑、邪魔、障害でしかない。消えてしまえ。何もかも知ったことか。

 罵詈雑言の一切が頭の中を駆け巡った。

 夢斗は、いつの間にか自分が拳を強く握りしめていたことに気付く。そこで、彼は知ってしまった。

(なんだ、まだ何か出来るほどの力が残ってるじゃないか)

 自分が無気力に包まれている事は良く分かっていた。しかし、イブに対する嫌悪のお陰で、拳を強く握れるだけの力が有ることが判明した。そして、自分の持つ力に、その先があることも知る。詰まる所、彼は自分の力を歪んだ思想の為に使える物であると、そう確信してしまったのである。

 夢斗は迷うことなく、部屋の片隅に放置されていた剣を取った。鞘から刀身を開放すると、自分の顔が白刃に映る。夢斗は自分の顔を数秒間見た。しかし、その顔が邪念を露わにしていたことには気付かなかった。

 勢いよく部屋から飛び出し、玄関に向かい靴を履く。この時、剣は鞘から抜き放たれたままであった。これはきっと、夢斗の剥き出しになった邪心の表れであろう。

 玄関から外に出ると、今度は辺りを見回す。既に日は落ち、夜空にはあの日の様な赤い月が出ていた。思えば、イブとの関係が近付いたときは、いつも赤い月だった。しかし、今日は違うと確信していた。

(今日の赤い月は仲良くなるための月じゃない。イブと永遠に別れるための月だ……)

 夢斗の思いには、まだ続きがあった。しかし、イブを追うためには一秒が惜しい。続きを言うのは後にして、夢斗は歩き出した。

 共通廊下をつかつかと歩く中で、夢斗は先程の続きを思った。

(イブを、あの月みたいに……。アイツの眼みたいに、真っ赤にしてやる)

 もう戻れはしない。と、夢斗の良心が告げたが、今の夢斗はそれに気付かなかった。

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