第五章 第三話 日常を返せ
夢斗は返す言葉が見付からなかった。
最悪な事に、昨日イブと共に戦っていた事が園美に露呈してしまった様だ。
たった一言で冷静を失うと、全身の血圧が上がり発汗していることが自分でも良く分かった。
俯き冷や汗を流す夢斗に、園美は更に続けた。
「ワタシとのデート断って、何やってたの? それに、あの娘は誰? 知り合い? 友達? 新しい彼女?」
次から次に畳みかけられ、夢斗はどう答えれば良いかが分からなくなる。それ以前に、最初の一言で核心を衝かれてしまい、それからは答えられず仕舞いだ。
(なんて答えれば良いんだ……。分からない……)
夢斗はいっそ、この非常階段の踊り場から身を投げたかった。それほどまでに追い詰められていたのである。
慎重に言葉を選ぶ夢斗に対して、園美の方は何を喋るか決まっているようだった。夢斗が俯いて沈黙する夢斗に、園美が更に畳みかける。
「ワタシね、昨日夢斗がテロの起きた近くのビルの階段昇るとこ見たの。ねえ、何か知ってるでしょ。全部話してよ」
『自分とテロは無関係だ』と主張したい反面、『あの娘と怪物退治をした』とも言える筈もなく、その強烈なジレンマと葛藤に板挟みになりながら、夢斗は更に塞いでしまった。
そのおり、休み時間終了のチャイムが鳴る。その直後、園美が重々しく告げた。
「夢斗が今回の事件に関わってること、みんなに喋るからね……」
園美の脅しに夢斗は我に返る。どうしたら喋らないでいてくれるか、と聞く前に、園美の方から妥協案が示された。
「夢斗が……、昨日のあの娘との事話してくれたら、ワタシその事秘密にするけど、話さないんなら、ワタシが思ってることみんなに話すよ。良い?」
園美は境界線のドアに手を掛けていた。
夢斗はまずいと確信したのか、ここに来て初めて口を開いた。
「分かった。全部話すよ……」
それからの夢斗は堰を切ったかの様に喋り始めた。
イブとの出会い。イブと何をしてきたか。昨日の出来事。自分のしていること。イブと合ってからの出来事を全て話した。クラス全員に間違った認識をされるより、一番自分の事を受け入れてくれる相手に全てを話す道を選んだのだ。
授業が始まっているのも関わらず夢斗は喋り続ける。夢斗は話し終えるとその場を去り、教室に戻ると鞄をひっつかんで、一目散に走り出した。その後、園美や周りの反応がどうなったか、彼は知らなかった。
「夢斗……」
非常階段から夢斗を見詰める園美。しかし、夢斗はその視線を知る由もなかった。
その後家に帰った夢斗は、自室に籠もった。その際、園美に「別れてくれ」という旨のメールを送ったが園美からの返信はなく、夢斗は言いようのない虚無感に浸される事となった。
何故、二回も路地裏に行ったのだろう。変な好奇心さえ起こさなければ、こんな事にはならなかった。
何故、あそこでイブを誘ったのだろう。イブとそこで別れれば、イブと再び会う事はなかったかも知れない。
何故、イブと戦う道を選んだのだろう。普通に考えれば、剣なんて物騒な物、一生に一度触れるか触れないかなのに。
何故、イブを助けたりしたんだ。イブに死んで貰えれば、こんなゴタゴタに巻き込まれないし、全てをリセットできたはず。
抜け殻の様になり、ただ漠然と天井と向き合う。携帯がメールの受信や着信を告げるが、夢斗はそれに目を通さなかった。いつの間にか、自分から好きと言った筈の相手を、心の中で憎み嫌い、あまつさえ殺意すら抱くようになった。
夢斗はふと、隣の部屋で眠っているイブの事を思いだした。
(今なら、殺せる)
モラルだとか道徳だとか、その様な基本的な心理を弾き返すほど、夢斗のイブに対する嫌悪は深かった。
(俺の日常を壊しやがって……)
沸々とこみ上げる殺意を押さえられず、怒りに身を任せて剣を手に取る。
しかし、その時。夢斗の中に眠る僅かな良心が、剣を手から弾いた。
『イブを殺せば、お前の日常は帰って来るのか? 帰ってこない。イブの事が好きでは無いのか? 好きだ。イブのこれまでの人生を受け止めて、これからも一緒に歩もうと決意したのは誰だ? お前だ』
剣がそう言った。正確には、それが夢斗の本心であり本音であり、僅かな良心であった。
「チクショォォォォォ!!」
剣を壁に投げつけ、床の鞄を思いきり蹴り飛ばすと、自分の弱さが滲むように足に鈍痛が走る。
このとき、夢斗は決意した。
(もう限界だ……。イブと……、別れよう……。このままじゃ、俺は俺で居られなくなる……。もう……、面倒はゴメンだ……)
夢斗の頬を伝う涙が、そのまま床に落ちて染みになっていった。
これが、イブが眠っている間の夢斗であり、イブはこの事実を知らない。
その後、夢斗が部屋の中で朦朧とした意識に沈んでいると、ドアの向こうからイブが現れた。
「何で……」
イブは思わず声を出してしまった。
そして、夢斗は言った。
「俺……。イブとはもう……、付き合いたくない……。出ていってくれるか……」