第四章 第十話 EVE
このお話は、コレまでになくべらぼうに長くなってしまいました。本当に申し訳御座いません<m(__)m>
イブが生まれた翌日。彼女の父、クロン・キールが皇帝に即位した。彼はアリンス帝国の前皇帝ボワズ五世直々の指名を受け、ボワズ五世の死後、皇帝に即位した。
皇帝の住まう巨大な城の『皇帝の間』で行われた『即位の儀式』において、彼は皇帝の証とされる王冠と剣と玉杓を継承し、新たな皇帝となった。
儀式が終わると、彼はしきたりに従い、国民達の待つ城内の広場へと向かう。
「陛下。姫君も国民にお披露目なさるのですか?」
キール家に代々使える老執事が行った。
「そうだ。あと、私の妻も呼んできてくれ」
「ははっ。仰せの通りに」
そう言って、老執事は皇妃を呼びに行った。
新しい皇帝が誕生した丁度その時、他国にて新たな命が生まれた。
「ガデュー様。お生まれになりました」
妖しげな神殿にて新たな命が生まれたことを、その神殿の司祭が父親に告げた。司祭は全身を黒いローブで包み、頭を黒の三角頭巾ですっぽりと覆っていた。
「ほう、ようやく生まれたか。ならば、その子の名は……、『アルバ』だ」
「はい、かしこまりました」
司祭はそう言ってその場を去ろうとする。それを、アルバの父親が止めた。
「わかっているだろうな、アルバは我が跡を継ぎ、アリンス帝国を征服し、ゆくゆくは魔界全てを統治する身だ」
「はい。心得ております」
「私がお前に言っておいた事、忘れるな」
「はい。ではこれより、アルバ様にまじないを掛けに参ります」
司祭はそう言って、部屋を出た。
「フフ……」
セルバの父親、ガデュー・デランは不気味に笑った。
「頼むぞ、アルバ。我の替わりに……」
ガデューに四肢は無かった。それに、彼の顔は傷だらけであり、左眼には眼帯がされていた。
「この頼りない体の私の替わりに……」
「ギャァァァァァァァァ!!!」
赤ん坊の悲鳴が轟く。
「……」
ガデューは訝しげな表情でドアに目をやる。
しばらくして、例の司祭が現れる。
「ご心配なく。まじないは無事にかかりました。おい、お連れしろ」
司祭がそう言うと、数人の司祭と同じ恰好の部下が現れた。その中の一人が、先程下ろされたばかりの赤ん坊を抱いていた。
「おお、これが我が息子か……」
ガデューは生まれたての息子、アルバを覗き込む。アルバはすやすやと眠っていた。
「おい、まじないの効果を見せろ」
ガデューがそう言うと、部下の一人が壁に飾ってある剣を手に取り、おもむろに鞘から抜きはなつ。
「では……」
部下が剣を構えると、アルバを抱いていた部下がアルバの右腕を持ち上げる。
「ハッ!」
部下はアルバの右腕を切断した。しかし、アルバは何事も無かったかのように眠っている。
一同に見守られる中、アルバを抱く部下が、斬られた腕を肩の切り口に重ね合わせる。すると、そこから電光が走り、腕は傷跡一つ無くくっついた。
「おお、見事だ。そう言えば、カヤラはどうした?」
カヤラとは、この国王妃の名である。
それを聞かれた司祭は、重々しく口を開いた。
「カヤラ様は……、御分娩の血の病で御座います。助かる道は……御座いません」
「なんと……」
ガデューはその報告を聞き愕然とした。
しばらくの沈黙の後、ガデューは感慨深げに言った。
「アルバ……、我が腕で抱けぬのが残念だ……。我にはもう、お前しかおらぬ……」
『アルバ』。後に戦乱の渦中となる悪魔の名。
皇帝が新しく君臨してから十年の月日が流れた。皇帝の信頼は絶大な物となり、国は繁栄の一途を辿った。
荘厳な城。その中にイブが居た。
「オズ。早く行くわよ」
城の中の広場にて深紅の瞳と紅い肌のイブが誰かを誘う。
「姫君、待って下さい」
イブに誘われた者は筋骨隆々で牛の頭を持ち、首から胸にかけてたてがみで覆われ、足は蹄であった。彼の名は『オズワルド・バンフ』。キール家に代々仕え、主にキール家の者を護衛するのが使命である。しかし、キール家の当主が皇帝に即位したため、セルバ帝国の軍事も司ることとなった。オズワルドは、バンフ家の三男である。
「姫君。城の外に出てはならないと、陛下にきつく言われているではありませんか」
「構わないでしょう、少しくらいなら」
「いけません。それに、城下は危険です。今すぐお部屋に戻って下さい」
「もう良いわ」
ぷいっとそっぽを向き、城内へ引き返す。
その時、広場に野太い声が響く。
「オズワルド!!」
「ち。父上!」
オズワルドを遙かに凌ぐ彼の身長は、優に三メートルを越えていた。彼の名はアーノルド・バンフ。バンフ家の当主であり、皇帝の護衛と軍事の最高統率の二足のわらじを履く。彼は歴戦の剛勇であり、『無敵の牛鬼将軍』と他国の軍から畏怖されている。彼の手には、歴代の当主に受け継がれてきた豪槍・牛頭が握られていた。
「オズワルド。稽古の時間だ。早く来い」
「はいっ。父上」
アーノルドは踵を返し、城に隣接する道場へと向かい、オズワルドもそれに続く。
「……」
イブはその模様の一部始終を、植木の影から見ていた。
「痛ってえな。コラ」
アルバが生まれてから十年。彼はその国の王子として暮らしていた。しかし、王子とは名ばかりで、毎日のように傲慢な日々を送っている。しかし、やはり王子たるもの武術を身につける必要は、多かれ少なかれある。そう言うわけで、彼は例の司祭に武術の稽古をつけられていた。
「さあ、お立ち下さい。アルバ様は、いずれ魔界を背負って立つお方なのです」
先端に小さな突起の付いた金棒を持ち、アルバに突きつける。アルバは三節棍を持っていた。
「だったらよ、もっと優しく相手出来ねえのか? オレは魔界の王だろ?」
「それは、アルバ様が私の言うとおりにしたらの話です。毎日のように稽古をさぼっているようでは、魔界の王にはなれません。さあ、立ってください」
「うるせえ!! オレはオレのやりたいようにヤル!! てめえの言うことなんか聞けるか!!」
アルバはそう言って部屋を出た。
「くっ……。何とも生意気に育ったものだ……」
司祭は苦虫を噛みしめたような表情をして言った。
イブが生まれてから一四年の月日が流れたある日。イブは自らの角と翼と紅き肌を隠す術を学び身につけた。しかし、どれだけ努力しても、彼女の深紅の瞳だけは隠せなかった。
「何故……。これだけは変わらないの……」
何度も何度も試みるが、鏡に映るのは深紅の瞳。
「イブ。出来ましたか?」
イブの部屋に入ってきたのは、その国の皇妃でありイブの母でもある者だった。
「母上……。申し訳有りません、どうやっても、この眼だけは紅いままです……」
うつむき顔を逸らし、強く握り拳を作る。イブは、母に対する申し訳なさでいっぱいだった。
そんな彼女に、母が優しく手を差し伸べる。
「良いのですよ。それに、その深紅の瞳はキール家の証。無理に消す必要は有りません」
「母上……」
「私の目は青ですが、イブはその眼に誇りを持つのです。イブはこの国を引き継ぐ者なのですから」
「はい。わかりました」
イブは顔を上げ、母と対面して強く頷く。
「さ、これから剣術の稽古の時間です。一国の姫たる者、身につけるべき物はしっかりと身につけなくてはなりません」
「はい、心得ています」
イブはそう言うと、飾り棚に鎮座した刀を手にする。
「では、母上。言って参ります」
そう言って、部屋を後にした。
「立派になったものね……」
母はそう言うと、頬を流れる涙をぬぐった。
アルバは近くの河原にいた。土手に寝っ転がり、草きれをくわえ、鼻歌交じりに空を見上げる。今日もいつもの様に武術の稽古をさぼっていた。
「ちい、あんなじいさんに教わるより、スラムの連中と喧嘩した方が強くなれっぜ」
ぶつぶつとぼやきながら、自分の棍を振り回す。
そのおり、数十メートル向こう側の橋に、例の司祭がいた。
「ちっ。探しに来やがった。ええい、こうするか」
アルバは精神を統一させると、なんと別の人物へと姿を変えた。その外面だけでは、誰も彼を王族の物だとは思わないであろう。今の彼は、どこからどう見ても、スラム街の老人だった。
「へっへ。コレで良し」
アルバはそう言って、満足げな表情を浮かべる。
しばらくして、司祭が変化したアルバに近付く。
(見破れるんなら、見破ってみな)
心の中でそう呟く。しかし、アルバの企みは会えなく司祭に見破られた。
「さあ、アルバ様、稽古に戻りましょう」
(何でだ?)
アルバは一瞬動揺したが、平静を装い司祭に話しかける。
「何か恵んで下され……」
アルバは貧民の様にか細い声を出す。
「無駄です。アルバ様はいつの間にやら『変化』を覚えた様ですが、その衣服は王族特有の刺繍が施されています。それに、その棍に下々は触れられません。さあ、行きましょう」
「(ちっ、やなこった) お恵みを……、お恵みを……。わしは生まれながらの貧乏人じゃて……」
アルバは尚も貧民のフリを続ける。
「そうですか。では、刃を恵んでしんぜよう……」
司祭は腰から長刀を抜く。
「ひぃぃぃ! お止めくだされ!!」
「覚悟っ」
司祭はアルバを斬った。胴体を袈裟切りにする。
「さあ、行きましょう」
アルバには、斬られた時にできる傷が無かった。服のみが切り裂かれ、しょぼくれた痩身がその隙間から覗く。
「ちっ。ばれちゃしょうがねえか……」
アルバは観念し元に姿に戻った。
「妙な所に賢くなったもんだ……」
司祭は小さくこぼした。
イブが一五歳になった日。突如、隣国の軍勢が大挙して押し寄せてきた。理由は無かった。単なる侵略戦争だった。
「将軍。どうか宜しく頼む」
皇帝は軍事大臣アーノルド・バンフに懇願した。
「お任せ下さい。既に国境付近に兵を向かわせております。ご心配にはおよびません、すぐに終結するでしょう」
アーノルドは皇帝の前に跪き、右の拳を左手で覆ってそう告げた。
「何とも心強い。頼むぞ」
「はっ」
アーノルドは得物を取り直し、踵を返してその場を去った。
「はっは、面白くなってきたぜ」
王宮の一室にて、アルバはなんとも愉快そう笑っていた。
「親父の夢だかんな、オレがしっかり叶えてやっぜ」
アルバは棍を手に取った。
その時、あの司祭がアルバの部屋に飛び込んできた。
「アルバ様! なりませんぞ! 何が有ろうとも、アルバ様は戦場に赴かせませぬ」
ドアの固く閉め、手足を大きく広げてアルバの行く手を遮る。
「勘違いすんな。オレは戦争がしたいんじゃない。この国の兵士を操ってみたいのさ」
「それもなりませぬ。アルバ様は用兵を学ぶより、政治を学ぶのが先決で御座います」
「ちっ、いっつも『あれは駄目。これも駄目』だ」
アルバはふてくされ、乱暴に棍を叩きつける。
「チクショウ……」
軍事侵略が始まってから半年の月日が流れた。
当初、長くて三ヶ月を要する、と踏んでいたアリンス帝国軍は、敵国であるソドル王国の予想以上の軍事力に圧倒され、各拠点では撤退を余儀なくされていた。
「まさか。向こうがこれほどまでとは……」
アーノルドは狼狽し、円卓を強く叩いた。
『父上!!』
円卓の向かい側に座っていた二人の息子が、同時に声を上げる。
「シラルド、ラバルド。どうかしたのか?」
「拙者達が参ります。この戦況、拙者達が打開して見せましょう」
「お前達……」
アーノルドは交互に二人に目をやる。重い空気が流れ、ただならぬ雰囲気となった。しばしの沈黙の後、アーノルドは重い口を開けた。
「解った。お前達に三万の兵を託す。何とかこの状況を打開してくれ」
『はっ!!』
二人同時に跪き、これまた同時に声を上げた。
「ガデュー様! それは左様で御座いますか!?」
ガデューの伏す部屋に、司祭の素っ頓狂な声が響く。
「アルバ様に、この国の軍事の最高支配権を譲ると!?」
ガデューはゆっくりと静かにうなづく。
「な、言ったろ。親父はオレに軍事を譲ってくれたって」
アルバは司祭の肩に手を掛け、何を吹き込むように言った。
「くっ…。ガデュー様がそう仰られるのであれば、私がとやかく言うことは出来ませぬな……」
司祭は不服を強引に噛み殺し、その場を重い足取りで後にした。
司祭がいなくなった後、アルバは懐から青い小瓶を取り出した。
「流石、秘伝の誘導薬だな……。これがなきゃ、オレは普通の王子様のまんまだった……」
アルバはこの薬をガデューの飲み水の中に混ぜ、それをガデューに飲ませた上で『軍事の最高支配権を譲れ』と吹き込んだのである。司祭は、アルバが軍の指導者になったことを証明させるための証人だった。
かくして、アルバはソドル王国軍の最高支配権を手に入れた。
「えっ!? オズ、それは本当なの!?」
城の広場の片隅にて、イブとオズワルドが佇んでいた。
「はい、本当です。私の兄は……、武人として……、最高に名誉の最期を遂げました……」
「そんな……」
オズワルドは空を仰ぎ、声を出さずに泣いていた。
「父上は……、二人の仇を取りに……、明日、戦場に赴きます……」
こみ上げてくる嗚咽を堪え、途切れ途切れに言葉を綴る。
「もしかして、オズも行くの?」
「拙者は……まだ一八ではないので……、戦争には行けません」
バンフ家のしきたりで、一八に満たない者は、例えどれほどの実力があろうとも、戦争には行けないのである。
「そう……。お気の毒に……」
「いえ。兄は武人としての指名を全うしました……」
一陣の風が流れ、オズワルドの頬の涙をどこかへ持ち去った。
「いやー、今日の戦いはしんどかった」
アルバはかなり疲弊していた。
「と、申されますと?」
司祭はアルバに訊く。
「それがさ、牛みたいなヤツが二人も居てよ、そいつ等が兵士をバッタバッタとぶっ飛ばしてくれてよ、そんで、仕方なくオレが出たんだけど、そいつ等が強くてよ。マジで殺されそうだった。あー、しんど……」
アルバはベッドに横たわると、そのまま寝入ってしまった。
「何!! 将軍が……戦死……」
皇帝は驚くより他なった。なぜなら、全幅の信頼を寄せていたアーノルドが、戦地にて死んだというからである。
「……将軍」
椅子に座り直し、頭を抱える。
「陛下……、これが遺品です……」
老執事がそう言うと、数人の兵士が一本の槍を抱えて現れた。
その時だった。
「父上が!! 父上が死んだとは誠でありますか!!」
そこに現れたのは、他でもないオズワルドであった。
「ああ、この槍を見る限りでは……、信じざるを得ないな……」
皇帝は静かに呟いた。
「父上ぇー!!」
オズワルドはその場に倒れ込み、大粒の涙を流した。
「オズ……」
オズワルドを追うようにして皇帝の間に入ってきたイブは、ただ泣き伏すオズワルドにそっと触れる。
その日、城内にはオズワルドの泣き声が響き続けた。
「チクショウ……。何なんだ、あの野郎は……」
アルバは戦場と間近の山林の中にいた。アルバは全身アザだらけで、衣服はボロボロに引き裂かれていた。
アルバはつい十数分前まで、アリンス帝国最強の将軍、アーノルド・バンフと戦っていたのである。アーノルドの強さは尋常ではなく、刀剣の効かない体のアルバでさえ苦戦を強いられた。その証拠に、彼の左腕はあらぬ方向に曲がっていた。
「クソッ! ふざけやがって……」
アルバは額から脂汗を流し、必死に痛みを堪える。しかし、生まれて初めての痛みに耐えかね、アルバは為す術なく気絶した。
アーノルドが戦場での最期を遂げると、指導者でもあり軍事の象徴でもあったアーノルドを失ったアリンス帝国に、ソドル王国の軍勢を止める手だては無かった。各方面の士気・兵力は見る見るうちに減少し、帝国の首都と戦線が僅か数キロにまで迫っていた。
ソドルの侵攻は、アリンス帝国の農村部にまで及んだ。それを知ったアルバは、とんでもないことを口に出した。
「民間人? だからどうした。侵攻の妨げになるなら全員殺せ」
「しかし、それはあんまりにも……。それに、それを実行する兵も気が進まないかと……」
「じゃあよ。そこに魔獣を放せ。あいつらなら、目に見えるもの全てを食い尽くすまで止まらないしよ、兵はなんもしなくて良いぞ」
「しかし……」
「やれ」
その言葉の直後、アルバは目の前の司令官を鋭く睨む。その眼光は、心臓を射抜けそうなほど鋭かった。
「はい……。かしこまりました、最高司令官殿……」
そう言ってその場を去ろうとする司令官に、アルバがさらに告げた。
「ああ、そうだ。牢獄でうなってる捕虜がいただろ。アレ、痛そうで可哀想だからさ、殺しといて」
「……!!」
振り向き驚きを露わにする司令官に、アルバは更に告げる。
「オレ、平和主義者だから。痛いの我慢して、まだ戦おうとするヤツ見ると、なんだ可哀想でさ。ま、そーゆーことだからヨロシクね」
その夜。アリンス帝国のへんぴな農村に魔物が放たれ、城の地下牢獄にて、何名かの捕虜が斬首された。そのことは、アリンス帝国が送り込んだスパイを経て、翌日中にアリンス帝国の皇帝の耳に入ることとなった。
民間人への攻撃、捕虜の虐殺。この情報がもたらされたアリンス帝国の軍は、一旦は勢力を盛り返したが、それはほんの一時的なものだった。
アリンス帝国に残さされた道、それは無条件での全面降伏しかなかった。しかし、アルバはそれを聞き入れることなく、尚も侵攻を続けた。
「このままでは、我々は滅亡です。最後になにか、出来ることが有るでしょう……」
今後の国の行く末を決める会議にて、往年の老執事は重々しく口を開けた。
それに答える者はおらず、このまま重い空気が流れる、と誰もが悟ったとき、一人の魔導師が挙手した。
「一つだけ、我らが滅亡を逃れられる術があります。それは、姫様を別の次元へ逃がすことです」
議場の誰もが言葉を失ったが、それ以外の良策が出ることは無かった。
イブを逃がす夜。彼女は自らが学んだ剣術で使う刀と、キール家の家宝である剣を手に城を出た。
城下は既に戦乱のまっただ中であった。そこら中に屍が転がり、雄叫びと断末魔の叫びが耐えることなく響き続ける。
「姫君だけは。なんとしても護るのだ!」
一人の老兵が叫ぶ。
「助けてくれ……」
どこからか誰かの助けを請う声が聞こえる。
しかし、イブはその一つ一つを無視し、意を決して走り出す。
イブが走り出してから間もなく、先程の老兵が死んだ。眼の前に彼の首が飛んできて、それが壁に当たって落ちる。
「!!」
イブは一瞬たじろぐが、なんとか足を動かす。
(もういや。 なんで、みんな死ななきゃいけないの!?)
走りながら必死に涙を堪える。感情を表に出すことは希だが、彼女は人一倍国民思いで、心優しい性格なのである。しかし、『姫』という立場上、それを表に出すことは出来なかった。
その時だった。
「姫君!!」
背後から聞き慣れた野太い声。
「誰」
イブは振り返る。オズワルドだった。
「ここから先は危険ゆえ、拙者が護衛致します」
オズワルドは跪き、右の拳を左手で覆い、最敬礼で胸を伝える。
「わかったわ」
イブは無表情で答えた。
「行きましょう。こちらです」
オズワルドの先導されてイブが走り出す。目指すは例の魔導師の家。そこに行けば、自分を無事に逃がしてくれるのだという。イブは、自分が何処に逃がされるのかを知っていたし、イブの両親も、数少ない国民達も知り認めている。イブに課せられた使命、それは無事に逃げ延びること。『自分だけ逃げたくない』などと甘えている余裕など無いことはよく解る。それを踏まえ、深い悲しみと罪悪感を押し殺し、イブは走り続けた。
走り出してからどれ位経ったであろうか。二人は城下を離れ、郊外の野道を走っていた。魔導師の家まであと僅かだった。
しかし、その時。
「ぐう!!」
「オズ!!」
待ち伏せていた敵がオズワルドに矢を放った。
イブが現状を把握した直後、オズワルドは大声で言った。
「姫!! どうか、ご無事で!!」
オズワルドはそう言って、伏兵の待つ修羅場へと突撃した。
(オズ……。ワタシだけ逃げて、ゴメンね……)
イブは堪えきれなかった涙を流し、その場を一目散に駆け抜けた。
イブは無事魔導師の家に辿り着いた。
魔導師の家に入り、部屋の中央にあった魔法陣の中にはいると、自分の視界に幾つもの光が現れ、そのまぶしさに眼を閉じそして開けた瞬間に、自分は見たことの無い所にいた。
自分の居場所が掴めぬまま、その場でキョロキョロしていると、すぐに敵が現れた。犬が数頭。
「もう、来たの……」
イブは走り出した。しかし、何かで滑り地面を転がる。身を起こしたとき、周りをぐるりと敵に囲まれていた。
しかし、イブは怯えることなく凛と立ち、刀を手にして敵を睨む。そして、一言。
「来なさい」
その後の事はよく覚えていなかったが、どこからか人の声、夢斗の声が聞こえて振り返ると、そこには事態を把握出来ずに混乱する夢斗がいた。
「君がやったのか?」
本当に申し訳御座いませんでした<m(__)m> もし皆様に広い心がありましたら、これからもどうか見放さないで下さい<m(__)m> 勝手な事ばっかり言って、本当に申し訳御座いません<m(__)m>