第四章 第九話 イブ
この話では、イブの名前の由来が解ります。
強烈な爆音、閃光、そして僅かに遅れて衝撃が夢斗を襲った。
「くぅ……」
夢斗は身を低くして衝撃を免れる。
幾つもの風が通りすぎ、辺りに静けさが戻ってきたとき、夢斗は身を起こし爆発の中心部を見る。黒い跡が不規則な星形となって残り、煙幕が立ちこめていた。
「……、イブ……。どうなったんだ……?」
夢斗は呆けたように立ち尽くす。イブの別れの言葉の後、イブは敵に近付き何やら語り始め、敵が悲鳴を上げた直後、イブは爆発の中心になった。夢斗にはそれが解らなかった。
「……本当に……もう会えないの……?」
突然の別れ。夢斗はそれを受け入れることが出来ず、その場に膝を付き俯いて涙を流した。
「そんな……、イヤだ……。やっと、やっとイブと分かり合えたのに……」
頬を伝う涙は、床に落ちて染みになる。
夢斗は再び、爆発の中心に眼をやる。少しずつ煙幕は晴れ、向こう側の景色が見えようとしたその時だった。
「イブ!!」
不規則な星形の中心にイブが居た。うつぶせに倒れたイブ。イブの衣服の所々は破れており、全身傷だらけであった。
「イブ!!」
夢斗はイブに駈け寄る。
「イブ、大丈夫!?」
イブの胴体を抱き上げ、固く閉じた瞳に問いかける。夢斗にはイブの体を伝って、鼓動と呼吸が感じ取れたが、それは微弱なものであった。
「イブ!! お願い、眼を開けて!!」
涙ながらに懇願し、イブをさする。
「……。……夢斗……?」
イブはゆっくりと眼を開けた。
「…………。夢斗……ゴメンね……。倒せなかった……」
何とか言葉を綴ろうとするが、上手く唇が動かない。何より、体を動かす度に、動かした箇所に激痛が走る。しかし、イブは痛みを堪えて尚も話そうとした。
「……、ヤツは……、もう……いない?……」
そう言われて、夢斗は辺りを見回す。イブの起こした爆発によって、辺り一帯の物は歪にひしゃげていたり吹き飛んでいた。仮に、アルバが生きていたとしても、恐らくタダでは済んでいないであろう、と夢斗は直感した。
「大丈夫。ヤツはもう居ないよ……」
「……そう……良かった…………」
夢斗はこのとき、アルバの姿を見ていたとしても、イブに本当の事を告げなかったであろう。もし、アルバが生存しよう物なら、イブは無理をして本当に命を落としかねない。イブと別れたくない想いで一杯の夢斗なら、間違いなく嘘を付いていた。夢斗はそのことを自分の中で噛みしめつつ、イブの頭を優しく撫でた。
その時だった。
「おい、さっきこの辺で凄い音がしなかったか?」
「ああ、したな。何があった?」
「行って見てみよう」
そのビルの非常階段から、数人の男の話し声が聞こえた。
「まずい……」
夢斗はそう言ってイブの刀と自分の剣を回収し、イブを抱き上げた。
「ここは危ない。どこか安全な所へ……」
夢斗はイブを抱いたまま走り出した。
何度かビルを屋上伝いに渡り歩き、夢斗はようやく安全な場所を見つけた。
「ここなら、もう大丈夫だよ」
そこは例のバイト先である。
調理器具やテーブルは既に無くなっており、無機質なコンクリートの壁に囲われた空間。しかし、イブの姿を隠すには、それで十分だった。
「イブ、さっきから辛そうだけど、大丈夫?」
イブはあの爆発の時から具合が悪そうだった。肌が紅いので青ざめているとは言い難かったが、とにかく辛そうである。
「無理も……ないわ……。の呪文は……自分の命……引き替え……、相手……殺す呪も……だから……」
それを聴き、夢斗は驚愕した。まさか、イブがそこまで思い詰めていたのを知らされたからである。
「そんな……。死んだら、どうする気だったの!?」
「ごめんなさ……。で……うするしか無かっ……………」
「そうするしか無いって……。それに……」
夢斗がそう言おうとしたとき、イブは夢斗の眼を見詰めて夢斗を制した。
「な……、何?」
「ワタ……、夢斗に……全部話す……。も……隠し通せないみた……」
イブはそう言うと、ゆっくりと語り始めた。
とある宮殿にて、一人の女の子が産声を上げた。全身燃えるような紅い肌で、瞳は吸い込まれそうなほど美しい深紅。その女の子は、父親が皇帝に即位する前夜に生まれた。
「アナタ。可愛い女の子よ」
「そうだな、この子の名は『イブ』にしよう。私が皇帝になる前夜に生まれたから」
「素敵ね。『イブ』という名前」
『イブ』。それは、これから幾多の争乱の渦中に生きる悪魔の名。