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第四章 第八話 「サヨナラ」

この話でイブの唱えた呪文を、逆さに読んでみてください。彼女の覚悟が解ります。

「……」

「……」

 アルバの衝撃的な一言の後、両者の間を沈黙が流れる。

 そんな重苦しい空気を崩したのはイブだった。

「アナタがアルバ・デランというのなら、ガデュー・デランを知っているはずよ」

「ほう、オレの親父を知ってんのか」

「ええ、知っているわ」

 互いに挑発的な会話を交わす。

 そのおり、夢斗がめくるめく展開に耐えかねて、思わず声を上げた。

「イブ! 『深紅の姫君』って一体!?」

 夢斗の言葉の直後、アルバは夢斗を睨み付けた。

「うるせえ。関係ないヤツは黙ってろ!」

 そう言った瞬間、アルバは姿を消し、夢斗の体が宙を舞う。

「………!」

 生まれて初めての感覚に言葉を失う。

「夢斗!!」

 宙に舞う夢斗を見て、イブは声を上げた。

 数秒の対空の後、夢斗の体は屋上の床に帰ってきた。

「夢斗。大丈夫?」

「か……、あ……」

 夢斗は苦痛により声が出ない。

「殺しちゃいねえよ。オレは平和主義者だからよ」

 アルバの言葉に触発されたのだろうか、イブの表情がきつくなり、キッとアルバを睨んだ。

「『平和主義者』!? 笑わせないで。あの戦争は、アナタの一存でしょ!! アナタの下らない理想とか野望の為に、一体どれだけの国民や兵が犠牲になったと思っているの!?」

 イブは激高して言ったが、アルバには蛙の面に水のようだった。耳掃除をしながらあくびをする。

「ふあ〜あ、うるせえな。とにかく、オレは平和主義者なんだよ。弱いヤツは殺さねえし、オレは戦場に出てねえしよ」

「同じ事よ!! 聞けば、軍事の最高指令もアナタが下してたそうじゃない!?」

「ああ、そんな事もあったなあ……」

 アルバは伸びをしながら聞き流す。

「何故、無抵抗な民間人を攻撃したの!? 何故、負傷した捕虜の兵士も殺したの!? 結局、アナタは平和なんかどうだって良いのよ。私欲さえ満たせれば、それで良いのよ!!」

 イブの怒りは最高潮に達していた。肌の色は、限りなく深紅に近付き、翼は目一杯開いていた。

「あ〜あ、うるせえ、うるせえ。オレがてめえの中で平和主義者じゃなかったら、てめえはオレをどうする気だ?」

 アルバは首の関節をコキコキ鳴らしながら言う。

「アナタを……、ここで葬る!!」

 イブは刀を構え、有りとあらゆるエネルギーを闘志に変える。

「葬る? ここで? オレを? はっは、たいそうな事をおっしゃいますねえ、姫君」

 イブの怒りをさして気にも留めず、ましてや逆撫でするような身振り手振りで挑発する。

「姫君の特長は存じていますよ。姫君はわたくしを一瞬のうちに切り刻むおつもりでしょうが、わたくしには特別な呪文が掛けられております」

 アルバはそう言うと、先程の刀傷を見せつけるようにして背筋を伸ばす。すると、アルバの腹部に有るはずの傷は、服の切り裂かれた跡のみを残して、綺麗さっぱり消えていた。

「わたくしに剣は効きません。なぜなら、わたくしの体は刀剣による一切の傷が一瞬で癒えるよう、強力な呪文が掛けられてますので。よって、姫君はワタシを葬れません」

 アルバはそう言うと、得物の棍を捨てた。

「残念でした。それでもわたくしを斬りたいというのなら、どうぞ御自由に」

 立ったまま大の字になり、空を見上げる。隙だらけと言うよりは、隙そのものであった。

「さあ、どうぞお好きなように」

 顎を上げた状態でイブ見る。当然の事ながら、下目使いをしなければそう出来なかったが、それは、イブに対する侮辱と嘲笑の意味を含んでいた。

「早くやれよ」

「覚悟!」

 イブは一歩踏み出すと同時に、神速とも言える速度で刀を振り抜く。そのあまりの速さにより、夢斗の鼓膜は破れそうになり、彼はその痛みで目を覚ました程だった。

「ハッハハハハハハハ。斬れるモンなら斬りな!」

 その言葉と殆ど同時に、アルバの首が宙を舞う。

 斜陽に照らされたアルバの首は、邪心に満ちた笑顔のまま虚空を泳ぐ。

「イブ……、倒したの……?」

 夢斗は何とか声を絞り出し、肩で息をするイブに近寄る。

「ハァ、ハァ……」

 膝に手を突き、首のないアルバの体を睨み付ける。

 アルバの首が床に落ち、鈍い音が聞こえたとき、イブは勝利を確信し僅かに微笑む。

「やった……」

 イブはそう言って胸を撫で下ろす。

 しかし、その直後、二人は想像もし得ない体験をすることとなる。

「誰をやったって?」

 陰険で横柄な声。その声が響いた直後、首を失ったアルバの体が動き出した。それも、ゾンビのようなふらふらした動きではなく、確実で力強い躍動だった。

「な……。何で……?」

 イブは我が眼を疑う。

「言ったろ。オレには強力な呪文が掛けられてるって」

 体の数メートル先に落ちたアルバの生首は、二人をギラギラと睨んで喋っていた。

「……!」

「……!」

 あまりに不気味な光景に、二人は絶句する。夢斗はアルバに釘付けになり、イブはがくりとうなだれる。

「残念でしたねえ。姫君……」

 アルバの体は首に引き寄せられる様に歩き、己の首を拾って元の位置に戻した。首と体の境目が触れる瞬間、そこから電光によく似た光が発せられた。

「さて。どうしようかな?」

 アルバは二人を交互に見る。

「姫君は、ここで始末しようかな。ま、元々それが目的だったワケだし」

 アルバは棍を拾い上げる。

「隣のカレシは……。うん、どっか山奥に連れてこう。そこでのたれ死んでもらおう」

 アルバは棍を回し始めた。

「どっちにしろ、二人とも助からねえさ」

 口をニタニタと開き、舌が口の周りを這い回る。まるで、御馳走を見て舌なめずりするかのように。

 その時だった。うなだれていたイブから、静かだが力強い声が発せられた。

「夢斗。短い間だったけど楽しかった」

「え!?」

「夢斗と過ごした時間や、夢斗の言葉と想い、絶対に忘れない……」

 イブはアルバを睨み付ける。その眼には、確固たる覚悟と決意が秘められていた。

「イブ! ダメだ!」

 イブの眼を見た夢斗は、彼女の思いを肌で感じ取った。イブを止めようと動き出すが、それよりも早くイブが振り向いた。

「夢斗……。これまで、ありがとう……」

「!!」

 イブは泣いていた。深紅の双眸から大粒の涙を流し、潤んだ瞳で夢斗を見詰める。

「生まれ変わったら……。また、夢斗と逢いたいな……」

 イブはそう言って笑うと、涙をぬぐう。

「夢斗。サヨナラ……」

「イブ!!」

 その言葉の刹那、イブはアルバに肉迫していた。

「お別れの言葉は済んだのかい?」

 二人の会話はアルバに筒抜けの様だった。しかし、この際、そんなことは気にしてられなかった。

「デンシ……」

 イブは静かに呪文を唱え始めた。

「おいおい。何する気だ?」

 アルバはイブの行動の意図が読みとれないでいる。

「ニエ……」

 イブは呪文を唱え続ける。

「てめえ、まさか。アレを使う気か?」

 アルバはイブに訊く。

「カキ……」

 イブは答えずに、呪文を唱え続けた。

「おい。それ使うと、オレはおろかてめえも死ぬぞ! カレシの前でグチャグチャになっても良いのか!?」

 アルバはここに来て、ようやくイブの覚悟を悟ったようである。

「……」

 イブは呪文を一端やめ、アルバを見た。

「もう、お別れは済んだの」

「本気かてめえ!!」

「……ヒ」

「聞いてんのか!?」

「……ト」

「止めろ!!」

「……チ」

「おい!?」

「……ノ」

「止めろっつってんだろォ!!」

「……イ」

 

 イブが呪文を唱え終えた時、イブとアルバを巨大な閃光と爆音が包み込んだ。

「――」

 呪文が唱えられ、閃光と爆音の瞬間に、夢斗はイブの名を叫ぶが、その声は誰にも届かなかった。

to be continued.

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