第四章 第六話 イブの真実
この回では、これまで「それ」と表記していた人物を「男」と表記します。あしからず。
敵の顔はどこかで見たことがあった。それがどこかは思い出せないが。
敵の声はどこかで聞いたことがあった。どこか人を馬鹿にして舐めきっているような横柄な声
敵の目つきは知っていた。蛇のような鋭い瞳。
敵の名は知っている。しかし、思い出したくない。
「どうして、アナタが」
イブは声を荒げ、鼻息が掛かるほど接近したそれに向かって言う。
「へっへ。お姫様を追っかけてきたのさ。オレって王子様みたいだろ」
男はニタニタと笑い、右手で棍を引き寄せて左手で反対側を掴む。
「まあ、正確には敵国の王子様だけどな」
棍を先程よりも高速で振り回し、その風圧は足下の埃を巻き上げる。
「覚悟ッ!!」
男の心臓を狙い、刀を突き出す。しかし、イブの一撃を棍を繋ぐ鎖が阻んだ。
「オレを殺せるとでも思ったか?」
直後、敵は突き立てられた刀を流し、無防備になったイブに棍を浴びせた。息つく間もなく、再び棍がイブを襲う。
「!!」
高速で迫る棍を捉えることが出来ず、イブはなす術なく二発喰らった。イブは二発目を浴びた瞬間に、横向きに吹き飛ばされる。
(速い……)
イブがそう痛感した瞬間、更なる衝撃がイブの体を貫く。イブが地面に着くより速く、男の膝が腹部を直撃する。
イブは敵の膝を浴びた後、床を数メートル滑ってから止まった。
「終わりかい?」
男は攻撃に使った方の膝を曲げたまま、反対側の脚で着地した。棍はタオルの様に首に掛けていた。
「情けねえなあ。そんなんじゃ、国民全員殺されるよ」
横柄な態度でイブを見下ろすが、未だ警戒の糸は解いていない。何かしよう物なら、すぐにでも反応できるであろう。
「そういや、さっきの男はどうした? ここに来てナンパでもしたのか?」
「夢斗の……こと?」
イブは痛みを堪えつつ、体を強引に制御し立ち上がる。イブは立ち上がったときに、棍がどこを打ったのかが解った。右腕の二カ所に鈍く重い痛み。
イブが痛みを知って顔を歪めたとき、男は口を開いた。
「安心しな、骨は大丈夫さ。まあ、オレが本気出したら、お姫様は一瞬でコナゴナだけどね」
イブはそれがハッタリではないことに気付いていた。男は余裕綽々と言わんばかりに、棍を手にしたまま左の小指を耳に突っ込む。
「それでさ、さっきの男って誰?」
「アナタに言って……どうなるというの?」
「たんなる興味さ。別に嫉妬じゃねえよ」
男はそう言って、小指をふうっと吹いた。
「でよ。誰?」
「関係ないわ」
「シラ切る気かよ。まあ、いいか」
男はそう言って両足を床に着けると、一旦俯いてから上目遣いでイブを睨む。いつの間にか、棍を体の正面で構えていた。
「死んでもらう」
男はそう言って姿を消した。
「何処へ……!!」
イブは男の姿を探すが見当たらない。次の瞬間に衝撃が来ることを思うと、身がすくんでしまう。
「くっ」
肩の痛みを承知で、右で刀を構える。そうでもしないと、本当に殺されてしまうほど相手が強いことをイブは知っているからだ。
「!!」
イブは自分の背後から殺気を感じた。すぐに反応するが、それより早く男がイブに肉迫する。
「ぐぅ……」
男は三節棍を巧みに操り、イブの背後から首を締め上げる。
「ま、殺すつっても色々あるから」
男はそう言って、更に締め付ける。
「く……は……」
尋常に無いくらい強い力で締められる。息が詰まって死ぬより、首が折れて死にそうな程の強さだった。
イブは苦しみのあまり、棍を握って逃れようとするが、男の力はそれをたやすくねじ伏せた。
「お姫様は非常にお綺麗ですから、その身体に傷を付けるつもりは御座いません」
わざとらしい口調で言った。すると、男の息が耳に掛かる。
「しかし、わたくしもいっぱしの敵ですので、やるべき事はさせて頂きます」
「……!?」
「麗しいお姫様には死んで頂きます」
イブの耳にその一言が入ったとき、彼女のぼやけた視界の中に、一人の見慣れた男の姿あった。
(……夢斗……?)
夢斗は男に首を絞められてるイブを見た途端、血相を変えて剣を握る。
「イブから離れろ!!」
夢斗は雄叫びを上げ突撃する。
「ほお。アレがさっきの……」
男がそう言った瞬間、イブは力を振り絞り男の鳩尾を肘で打つ。
「ぐうっ……!」
男の棍にかける力がゆるまり、その隙をついてイブは男から逃れる。
「イブ、怪我は……」
「夢斗、逃げて!!」
男から解放されたイブは、最初にその一言を放った。
「え!? 逃げろって」
「早く!!」
「イブ。後ろ」
「!!」
夢斗に言われてイブは振り返る。するとそこには、怒りを露わにした男が立っていた。
「このアマ、舐めやがって!!」
男は高速で振り回して勢いの着いた棍でイブを吹き飛ばした。
「きゃあっ!!」
「イブ!!」
イブはそのまま宙を舞い、夢斗にぶつかってようやく止まった。夢斗は飛んできたイブを腕で受け止めると、数歩後ずさって体勢を整えた。
「イブ、大丈夫!?」
イブの頭からは血が流れていた。
「それよりも、早く逃げて!」
「いや、逃げれない。イブを置いて逃げれない。一緒に戦う」
「ダメよ。ヤツは強すぎるの! 夢斗では敵わないわ!」
「でも……」
「早くしなさい!!」
二人が言い合っている間に、男は二人に近付いてくる。
「鬱陶しいな。二人ともここで殺す」
男は静かに言った。その分、その言葉には殺意が込められていた。慣れた手つきで棍を振り回し、二人に対して殺意を剥き出しにする。
「夢斗。どうしても、逃げたくない?」
イブは夢斗に背を向けたまま言う。
「え? どういう意味?」
「どっち?」
イブは背を向けたままだった。
「逃げない」
「だったら、ワタシの真実からも逃げないって約束してくれる?」
「え? それって……」
返答に手こずる夢斗を尻目に、イブが夢斗の言葉を制した。
「時間切れ。もう、遅い……」
その言葉の直後、イブのシルエットが変わり始めた。