第四章 第一話 夢の中の姫君
三日月の輝く夜。だが、月は赤い。
月光に照らされているのは、無数の魔物の屍と息絶えた近衛兵。
「姫君だけは、何としても護るのだ!!」
老兵がそう叫んで、手にした古来の得物で敵に突撃する。
「誰か……、助けてくれ……」
若い兵士が助けを請う、しかし、その声は戦場の怒号によって掻き消された。彼は誰に看取られることもなく、静かに息絶えた。
矢が飛び交い、怒号と叫喚の渦巻く戦場の片隅に、十五、六の少女の姿があった。赤い瞳の彼女は、白い着物を身にまとい、二本の剣を大事そうに抱えている。
物陰から辺りの様子を伺い、意を決して駆け出す。直後、先程の老兵の首が飛んできて、壁に当たって落ちる。
「!!」
彼女は一瞬たじろぐが、構うことなく走り出した。
「姫君!!」
後ろから野太い声が聞こえた。
「誰」
彼女は振り向く。そこには、隆々とした体格の男が立っていた。
「ここから先は危険ゆえ、拙者が護衛致します」
男は彼女の前で片膝をつきひざまずくと、左手の拳を右手で覆い、最敬礼で旨を伝える。
「わかったわ」
彼女はそう言って、剣を帯に挟む。
「行きましょう。こちらです」
男は得物を掴み、彼女を導くようにして走り出した。その直後、男の背中を追っていた彼女の視界が、強烈な閃光で遮られる。
(!!)
イブは眼を覚ました。そこは何度か見たことのある光景。『ここは夢斗の自宅の一室である』とイブは悟った。
イブは身を起こし、辺りを見回す。どうやら、夢斗の姉の部屋の様である。
額に手をあてて、自分の記憶をさかのぼってみる。最新の記憶は、夢斗の肩に手をかけた所だった。
ベッドからおりて、ドアに向かう。ノブに手をかけたところで腹部に鈍痛。前の戦闘の傷跡は深かった。うつむいて痛みに顔をしかめる。そのとき、自分の服に付着した血の跡が目に入る。
「……」
血の跡を無言で見詰める。しばらくして、クローゼットに向かう。
(シャワーを浴びたい……)
イブはそう思いつつ、以前着たことのある服に手を伸ばした。
再びノブに手をかけてドアを開ける。すると、ドアを開けた瞬間に、向かいの部屋の夢斗と鉢合わせになった。
「イブ。おはよ」
夢斗はそう言うと、イブの持っていた着替えに気付く。
「風呂?」
夢斗が訊くと、イブは首を縦に振った。
「ゆっくり入ってていいよ。あと、上がったら修行に付き合ってくれないか? 今日はガッコーないから」
夢斗はそう言って、イブに笑顔を作って見せた。作ったというよりも、自然に現れた笑顔だった。
「わかったわ」
イブはそう言ってバスルームへと向かった。