第三章 第六話 「ゴメンな」
久々の更新です。ごゆっくりどうぞ。
夢斗はイブを追いかけ、住宅街をひた走る。向かうは、最寄りのバス停である。
(この時間じゃ、駅行きのバスが来る。急がなきゃ……)
夢斗は最寄りのバス停に着いたが、バスは既に出ていた。
「はぁ、はぁ、はぁ。イブ……」
次は駅に向かって駆け出した。
『ドア閉まり〜ますっ』
駅内アナウンスがそう告げると、列車のドアが一斉に閉まる。直後、列車のモーターが力強く唸りだし、総重量十数トンの車体を動かし始める。
「しまった!!」
夢斗がホームに着いた瞬間に列車が発車した。
「次の電車は!」
振り返ると時刻表がそこにあった。
「あと十分……」
夢斗はホームで立ち尽くす。
「待っててくれよ、イブ!」
彼にとって、次の電車を待つ十分は、かなり長いものとなった。
日が傾いた繁華街を、イブは一人で歩き進む。
「ここね」
イブは歩く向きを変え、いつもの雑居ビルの裏口へと向かう。
裏口のドアに手をかけたとき、イブは鋭い殺気を感じた。
「……」
イブの赤い瞳が、ビルの屋上を睨み付ける。
イブはギターケースの中の業物を取り出した。業物を帯の中に押し込むと、鍔を左手の親指で押し上げる。続けて右手で刀を抜くが、右肩に鈍痛を覚え、左手に持ち替える。
「今日は、いつもより大変そうね……」
イブはそう言って、階段を昇り始めた。
イブに遅れること十分強、夢斗はなんとか繁華街に降り立った。
「チクショウ。イブが乗ったのは急行だったか」
改札を抜け、バイト先だったビルへと駆け足で向かう。通行人とぶつからないよう、人通りの間をすり抜けながら疾走する。
既に辺りは薄暗く、繁華街はいつもの様に賑わい始めていた。
ビルに向かう途中、イブと初めてであった路地裏の前を通る。夢斗が路地裏への入り口を睥睨すると、未だに黄色いテープが張り巡らされていた。
路地裏へ思いを馳せる間もなく、夢斗は足を速めた。
走り初めてから数分して、夢斗は例のビルに辿り着く。
「着いた!」
夢斗はそう言うと、迷うことなく非常階段を駆け上がる。
最後の一段を踏み抜き、屋上へ躍り出る。
「イブは……」
そこにイブも敵の姿も無かった。
てっきり戦闘が始まっていたと踏んでいた夢斗は、そこがあまりに普通すぎることに戸惑いを隠せなくなる。
「イブは……、どこにいるんだ……?」
息を切らしながら辺りを見回すが、特に変わった光景は見受けられない。一応、いざというときのために、手にした剣を鞘から抜く。
その直後、鼻を突く例の臭い。
「くっ……。見つけた……」
夢斗は鼻を押さえ、臭いの方向へと歩を進めた。
殺気を感じて階段を登ってからは早かった。イブは屋上に着くなり、隣のビルに敵を発見した。
イブは素早い動きで隣のビルに飛び移り、そこで敵と対峙する。今日の敵は犬二頭と鬼一頭、そして、新顔が数羽。数羽ということは、少なからず鳥に似た感じの敵である。間違いなく、うさぎではない。
「来なさい」
イブはそう言って刀を構える。すると、『鳥』が最初に襲いかかってきた。鳥たちは一気に空中に展開し、一目散にイブを狙う。鳥が翼を羽ばたかせるたびに、羽の一枚一枚が木の葉の様に舞う。
一斉に襲いかかった鳥を、素早く空中で斬り裁く。すると、大量の羽が舞い、イブの視界を遮り始めた。
「しまった!」
イブがそう気付くもつかの間。犬の牙が襲いかかる。
「くっ!」
イブはそれを横に跳んでかわすと、尚も嘴を向けて突撃する鳥を捌いた。
「きりがないわ!」
鳥は大方倒したが、それでもまだ嘴の応酬は続く。鳥に気を取られるイブを狙い、犬が飛びかかる。イブはその全てを危うい所でかわす。
刀を持つ手が利き手でないからであろうか、イブの刀裁きにイマイチ冴えがない。いつもなら、既に戦いは決着しているが、今日は戦いの流れを掴めずにいた。
「コレで、最後!?」
イブはそう言って、最後の鳥を屠った。しかし、背後に強烈な殺気。
イブが振り向くと、そこには鬼が仁王立ちしてこちらを見ていた。二つの閃光が不気味に輝いている。
「シャァァァァァ!!」
鬼はそう言って腕を振った。
イブはかわそうとして横向きに跳ぶが、いつもと勝手が違うせいか、腕から逃れることが出来なかった。
「くっ……」
脇腹に重い痛みを覚える。その直後、イブは数メートル宙を舞い、高さの違う隣の建物の壁に叩きつけられた。
「かはっ……」
あまりの衝撃に眼を見開き吐血する。
イブが壁に衝突した瞬間に、もう一頭の鬼がイブに迫る。爆発的な瞬発力で飛び出し、頭部を鋭い角を向けて、イブに体当たりを仕掛ける。
「……!!」
イブが鬼の角を視認した瞬間、強烈な突撃により言葉を失う。鬼の頭頂部はイブの腹部ダイレクトに捉えた。イブが細身であったことが幸いし、鬼の角の間に挟まれ、致命傷は避けられた。醤油瓶ほどの鋭い角が直撃しよう物なら、間違いなく命を落とすであろう。角の硬度は、穴の開いたビルの外壁を見れば伺い知れた。
「が……は……」
腹部を中心にじわじわと激痛が拡がっていく。気が段々と遠くなり、視界がぼやけ始める。それはイブのこれまでの生涯の中で、これ以上に無いほどの激痛である。
(……夢斗……。助けて……)
イブは僅かな希望を乗せて、心の中でそう唱えた。目の前には鬼の爪。
(ここで……終わるワケには……)
そのときだった。
「イブ!!」
どこからかイブの名が響く。
視界の彼方に見えたもの。それは、剣を構えてイブの名を叫び、鬼に狙い定めて疾走する夢斗だった。
そんな夢斗に、犬が飛びかかる。
「どけえ!!」
夢斗はそう言って剣を振るい、犬を一刀の元に切り伏せる。犬は首を切断され、派手に血が噴き出す。
続けざまに二頭目。
「邪魔だァ!!」
夢斗はそう言って二頭目吹き飛ばす。剣の軌道が犬の頭部を捉え、それを半分に切断した。頭部の断片と脳漿や頭蓋骨がまとめて吹き飛び、朱色の血が撒き散らされる。
「イブから……!!」
夢斗はそう言って剣を構え。
「離れろ!!」
爪を掲げる鬼を叩き斬る。
鬼は腰から切断され、下半身と上半身が分離し、イブの視界から消えた。
「貴様も!!」
鬼を切り伏せた夢斗は大きく跳躍し。
「どけェ!!」
鬼の頭部を両手かつ逆手持ちの剣で一気に貫く。
噴水の様に血が盛大に噴きだし、イブと夢斗を赤く染める。
夢斗は壁を蹴って反動をつけると、後ろ向きに跳んで着地した。
「ハァ……、ハァ……、ハァ……」
夢斗はその場をぐるりと見渡すと、全員仕留めたことを確認した。
「イブ」
夢斗はイブの名を呼ぶ。
「……何?」
イブは消え入りそうなか細い声で返す。
「ゴメンな」
余談だが、イブがビルに駅に着いたとき、東の空の月は赤く輝いていた。
どうですか、夢斗はかなり強くなりました。次回かその次辺りで、第三章が完結します。