第三章 第四話 操り人形の気持ち
ここでひとつ設定が加わります。
第三章から、イブは夢斗の家に居候します。それを前提の上、今後の展開をお楽しみ下さい。では、ごゆっくりどうぞ。
イブはバケツ一杯の水を持って、夢斗の元へと戻ってきた。イブが戻ってきたとき、夢斗は気絶寸前で、目は半開きだった。
「夢斗。目を覚まして」
イブは夢斗に水をかける。逆さにしたバケツからは、大量の水が一気に流れ落ちる。
「うおう!! 冷たっ!!」
夢斗はあまりの冷たさに目を覚ます。
「どう? 臭いは取れた?」
イブに訊かれ、夢斗は鼻を利かせてみる。
「う〜ん、まだ残ってる……」
イブは苦虫を噛みつぶした様な顔をして答えた。
「それはお気の毒。さ、そろそろ帰りましょう」
「そだね。早くシャワー浴びたいし。へっくし!」
夢斗はくしゃみをして、帰路に就いた。イブも、それに従った。
家に帰り着いたとき、時刻は既に十二時を廻っていた。
帰り着くなり直ぐさまシャワーを浴びた夢斗は、スウェットに着替えベッドの上に寝ころんでいた。ちなみに、イブはシャワーを浴びている。
「ふいー。今日も疲れた。というか、テストどうしよう……」
夢斗は昨日の試験の事を思い返した。半分ほどしか埋まっていない回答欄。それが帰ってくる頃には、ナイキのロゴによく似た赤い印が並ぶことだろう。そう思うと、頭が重い。
「きっと補習だな……」
夢斗はそう言って、首を横に回す。部屋の入り口近くに立て掛けられた剣が目に入る。
「……」
夢斗はしばらくの間、無言で剣を見詰める。
鞘に収まった諸刃の剣は、その切っ先を下にしてその場に佇む。鞘の所々には華やかな装飾が施され、まばゆい輝きを放っていた。
「そう言えば……、何で……?」
夢斗は初めての戦闘の事を思い出した。
「あの時は……、何故、イブをかばって戦おうとしたんだ?」
自分が危険を顧みず、イブを守るために前に出た事に、今になって疑問を抱く。
イブは疲弊していた。自分は元気だった。
イブはあのとき負傷していた。自分は無傷だった。
イブに請われるままに、犬に止めを刺す事により、相手の命を奪うことに対する抵抗は、僅かながらに消えていた。
しかし、何故。
「何でだ……」
夢斗は起きあがり剣を掴む。
「何で、オレは戦った?」
鞘から剣を抜き、刀身を眺める。
所々に血の付いた剣に、自分の顔が映る。
「くそっ」
夢斗は剣を鞘に戻し、その場に放り出すとベッドに戻った。
「何でだ!? 何で戦ったんだ!?」
あれは自分の決定だったはず。しかし、言いようの無い疑問が湧き上がり、夢斗を悩ませる。まるで、他人の意思を押しつけられ、それに対し何の文句も疑問も無く受け入れてしまった様な感覚。『操り人形は日々こんな感覚に苛まれるのか』と、夢斗は痛感する。
「チクショウ! わかられねえ!!」
「どうしたの?」
夢斗が狼狽しているとき、イブが部屋に入ってくる。
「イブ……」
「何か、あったの?」
夢斗はイブを見詰める。
「いや、何でもない。今日はもう寝よう。お互い疲れてるだろうから……」
「そう。じゃあ、お休みなさい」
イブはそう言ってドアを閉め、向かいの姉の部屋へと向かう。足音の直後に、向かいのドアの閉まる音。
「イブ……」
夢斗はそういうと、部屋の電気を消して眠りについた。
ある読者の方に「何故、何の疑問も無く、夢斗は剣を取ったのか?」という質問をされました。同じ疑問を持つ方もいらっしゃると思います。その事については、もう少しお待ち下さい。本当に済みません<m(__)m>