第三章 第二話 修行
第三章は夢斗の成長を主にして進行しようかと思います。非力な夢斗の成長を、温かく見守ってやって下さい。
二人は一般客に混じり帰路に就く。
比較的空いている電車の中で、二人はその日の戦闘の反省会をしていた。
「動きは良くなってるわ。ただ、まだ迷いがあるわ」
「迷い……?」
「ええ、そう。それは恐らく、自信の無さから来るものね。まだまだ甘いわ」
「甘い!? あれで!?」
夢斗の脳裏に、一撃で脊髄を叩き折られそうな峰打ちが過ぎる。
「明日からは、もっと厳しくするわね。あれじゃあ、見てられないわ」
イブが静かにそう告げると、夢斗はがっくりとうなだれて深いため息をついた。
「はぁ〜〜。シップ代がかさむなぁ〜、あと、電車代も……」
バイト先が潰れ、収入が無くなった夢斗にとって、イブとの魔物退治は、経済的な負担をもたらす結果となった。更に、イブの峰打ちは、夢斗の首根っこにも相当な負担の様である。
「あ、そうだ。明日政経のテストだ。何もしてね〜〜」
夢斗は首を押さえた拍子に、明日の試験の事を思いだした。顔が見る見る蒼白してゆく。
「大丈夫なの?」
イブは『テスト』という言葉の意味を知っているかどうかは定かではないが、深刻そうな夢斗の表情を察し、とりあえず訊いてみた。
「多分、赤点かなぁ……。勉強するにも首痛いし、疲れてるし……」
夢斗は窓の外を眺めた。
無数に散りばめられた星の中に、赤い月が一際強く輝いていた。
翌日、夢斗の学校にて政治経済学の抜き打ち試験が行われた。試験が実施されたのはその日の六時限目。この後の授業は無い。
全く勉強をしていなかった夢斗は、首の痛みと眠気と戦いながら、何とか回答欄の半分は埋めた。
「夢斗〜、テストできた〜?」
話しかけてきたのは園美だった。
「いや……、全然ダメ……」
首の痛みに顔をしかめつつ、夢斗は腕でバツを作った。
「あ〜あ、これじゃあ赤点確実だな〜」
「あれ、夢斗のバイト先潰れたんじゃないの?」
「うん、確かに潰れたんだけど、こっちも色々あってね……」
口が裂けても『紅い目の女の子と魔物退治してる』とは言えない。秘密が漏れたとき、どんな恐ろしい事態が待ち受けているかは、想像し得ることができない。
「ねえ、夢斗。今日どっか遊び行かない?」
園美からデートのお誘い。しかし、夢斗は断るざるを得なかった。
「ゴメン。今日はムリ。また今度ね」
夢斗は申し訳なさそうにそういういと、帰り支度を始めた。
夕日が差し込む廃工場の中には、二人の影が長く伸び壁に映る。
対峙する二人と、対峙する二人の影。
剣を構えた二人は、互いの呼吸を探り、どちらが先に飛び出すかという一瞬の駆け引きを演じる。
どこからかカラスの鳴き声が聞こえる。破れたトタンの隙間から、冷たいすきま風が流れる。
ぴゅうっと一陣の風が二人の間をすり抜けたとき、夢斗が動いた。
一気に間合いを詰め、剣を振るう。
刀身が光を反射しつつ気道を描くも、乾いた金属音が響き渡った。
夢斗の一閃はイブの刀に防がれたのだ。
負けじと、剣でイブを押す。さすがは男である。イブは夢斗の力に負け、後ろへじりじりと退かざるを得なくなる。
「夢斗。なかなか良くなったわ。でも、まだまだね」
集中する夢斗にその声が聞こえたかは誰も知らないが、次の瞬間には、夢斗は腹部に鈍痛を覚えた。
「ぐっ!」
一瞬ひるんだ所に、イブは空かさず次の一撃を加える。
夢斗の利き腕に狙いを澄まし、峰打ちを各所に放つ。
夢斗の右肩、右腕、右手首と順々に痛みが走る。痛みに耐えかね、手にしていた剣を落とす。
「あっ!」
夢斗がいきなりの反撃にひるむ間に、イブは最後の一撃を夢斗の膝裏に放った。
下からすくい上げるような蹴り。しかし、ひるんでいた夢斗は、そのまま姿勢を崩す。
「!」
片膝を付いて痛みに耐える夢斗に、イブは刀の切っ先を眼前に向ける。武器と名付けるのに疎ましさえを覚えるほど、美しく洗練され抜かれた切っ先。
「攻撃は良くなったわ。でも、守りがいい加減ね。攻撃後の隙がありすぎるわ」
「ちぃ。じゃあ、どうすれば良いんだよ……」
夢斗はふてくされた様に言う。
「どんな風にしたときに反撃されたかをしっかり考えて、次は、そうならないように動きの筋道を立てることね。行き当たりばったりが通用するのは、相当な力押しの時だけよ」
イブは表情を変えることなく、淡々と総評する。
「オレは、力抜いてるわけじゃない」
「でも、今の夢斗には腕力よりも基本的な部分が必要よ。現に、夢斗より腕力の無いワタシでも、夢斗を倒す事はできるわ」
それは正論であり、反論の余地や矛盾は無かった。
「チクショウ! イブ! 次、頼む!」
夢斗は剣を握り直し、姿勢を正してイブと向き合った。
「それよ。何よりも、その根気とやる気が大事よ」
イブはそう言って、夢斗と向き合い剣を構えた。
夕日の差し込む廃工場での修行は、その日の夕日が落ちるまで続いた。
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