1st-3
「アキ」
目が合ったのだ、秋登と。久方ぶりに会えた親友に感情が溢れるのに、それは逸らされた。それは塞き止められた感情の箍を外すのに十分な動作だった。
「アキっ」
思わず、近寄った。下に落ちた影を秋登が見つけ、見上げた。
もう、止まらなかった。
疑問はいっぱいで、尋ねたいことも問い詰めたいこともたくさんあった。でも、この7年間の感情は止まらなかった。思いの丈をぶつけるように身体を抱きしめる。
涙が、止めどなく滴り落ちていった。秋登に知らしめるための、罪を負わせるための、涙。卑怯でもなんでもいい。ただ、その存在が、凄く大切で。失って、なくしたことにさえ気付かないままだった。目の前にあって、手に入らないと思って、それからどれだけ大切なものだったのかを思い出した。今更ながらに自覚した。
「――っ放せよ!」
気付けば真上に影が落ち、抱きしめられていた。自身を拘束する腕を無理やりに解こうとして、気づく。幼い頃でも敵わなかった力が、今でもびくともしない。男らしい身体つきに腕力、変わらず振りほどけない己の体格が憎くなる。昔とは違うはずなのに。
思ったのは一瞬。それ以上に、衝動に近いものが背筋を駆け上がった。
「触るな変態!」
創を投げ飛ばしていた。無意識に鳥肌の立つ腕を擦る。
「……」「……」
佐竹と雀からの視線が痛い。ビシバシと当たっている。感動の再会じゃなかった。
秋登は腕力ではなく実力で振りほどいた。なのに創の中では何も成長していない。2人の絶対的立ち位置は変わらない。守られるだけの、弱い自分のまま。――否、“秋登”も、“創”も変わった。年月は2人を変えた。だから今、2人はこんな所にいる。あの頃のままでは、いられない。実力を付けた。秋登はもう、創より強い。既に守る側に立っている。
「……すまん。つい、条件反射で」
投げ飛ばした先、無様に壁へと激突した創に対しそう言って慰める。
秋登は自分で言っていてその言葉に違和を感じた。条件反射、などと。
「アキ!」
急にガバッと顔を上げて伸ばされる腕。創は殴り飛ばされたことにも何も感じずにいるのだろうか。周囲からの目線にもめげず、秋登を抱きしめる。創の行動一つ一つに反応する周囲。増えた悪意の視線、いや殺気。
……それでも、肩口を濡らす水が、乾くまではせめて。
昔を、懐かしみたい。懐かしませたい。悲しみを吐き出させたい。このまま、自由に。
だが抱き締め返す腕はない。両腕は力なく、垂れたままだ。そんな資格、ない。
秋登は“捨て”た。あの場所を、あの過去を。涙も感情も消し飛ばしてここまで来た。“秋橋 涙”を名乗り、以前と違う姿で今ここにいる。
――それはお前も同じはずだ。
“山戸 創”と名乗るからには、秋登の知っていた“山戸 創”ではない、けれど口に出すことは出来なかった。あの日の綺麗で悲しい涙が思い出されるから。何も出来ない。秋登に、幸福へ足を踏み出すことは許されない。
拒絶するほどの強さも勇気もなく、身動きすら出来なかった。無力なのは強くなっても同じ。相変わらず、秋登の周りで命が途切れていく。
……だから俺はこんな自分が大嫌いだ。




