1st-3
「秋橋、午前はこれで終わりだよ」
転校生である秋登に教えてくれたのは佐竹 戻だ。
この学校は特殊だ。学園都市はそれだけの特異性を伴うからだ。戦闘に慣れさせ、LSと戦うことを義務付け、国へと献上される兵士の養成所。命を賭して世界を守るために集まった生徒たち。だからこそ転入生は珍しい。転入生である秋登に多くの者が視線を向けてくる。だが遠巻きにして話しかけてくる者はいなかった。いや、その隙を与える間もなく佐竹が来た。この同級生は生徒たちの中で確たる地位を取得しているらしい、と周囲の雰囲気から読める。
佐竹は「一緒にお昼どうかな?」と提案してきて、秋登は頷いた。
「午後は鍛錬だから昼は早めに切り上げないと時間がないよ」
佐竹はどうやら先ほども気にかけてくれていたようで、教室に戻るついでに色々説明をしようと思っていたらしい。それがあの男が話しかけるのを見て先に帰ってきた、とのこと。
生徒と教師しかいない学園都市は親も世話役もいない。一人暮らしか寮での共同生活。つまりはどっちにしろ自分の事は自分でやらなければいけない。制服にしわがついていたりほつれていたりするのが当たり前というような雰囲気さえある中、佐竹はキチッと正規の制服を着こなす。自由な校風故にというか、戦闘で邪魔にならないように制服の改造は許可・推奨されている。実際ほとんどがそれで、転入初日である秋登でもやっているのだが、佐竹はそれが一切ないという完璧な優等生。転校生が最初に仲良くなる人物として佐竹は最高の人物だった。
ところで秋登は今、ある人物から視線を浴びせられていた。先ほどの男だ。名乗りもせずに手前勝手な感情をぶつけて激昂した人物。視線を合わせれば向こうから外すかと思えば、そうでもない。男は観察するように度々目を向けるが、近寄ったりはしない。周りから見れば不審にしか思えない行動であることに気付いていないのだろう。イライラが募る。
鈍感なのだ。何事にも、気付いていない。自分に寄せられる好意も、敵意も、何もかも。そんな気持ちに気付こうとさえしていない。無意識のうちに視線を逸らしているとまで思える。
「佐竹、あいつ何」
最高潮に達したイラつきがとうとう口に出る。
「山戸 創。普段はあんなんじゃないんだけど、……風習に染まったのかな?」
首を傾げる佐竹の仕草は人目を集めた。特別な動作でもないのに注目を浴びるのは男だらけの教室で華やかさを身に纏う者の宿命、というやつだろう。
……“山戸 創”ね。
聞いた名に隠しようのない違和感を覚え眉が寄る。どうして創ではなく創と名乗っているのか。けれどあえて話題を摩り替える。
「風習って?」
「聞いてないの?」と逆に尋ねられ、頷けばフム。とばかりに佐竹は考え込み、しばらくして答えが返ってきた。
「風習って言うのは本物の恋愛は希少ってことだよ」
「……。いや、わかんないし、それじゃ」
「特殊だからね、この学園」と言われてもならばその特殊を話してくれ、というのが本心だった。佐竹がはぐらかす話題。そのことに躊躇いが生まれる。これから自分の暮す場所のことだ、知っておきたい。変な沈黙が生まれる。佐竹は「食べながらにしよう」と無理矢理気分を変えた。既に2人は移動の準備は会話中に終えていた。
「ああ、そ――」
「俺が説明するよ!」
……うだな。
余計なことを言い腐って人の台詞を邪魔する奴を見る。割り込んできたのは横の席の男子生徒。立った拍子に音を立てた椅子をこちらに向けて座り直す。
「俺!雀 ユウ(すずめ ゆう)。よろしくっ」
元気よく挨拶をする姿は幼く見えた。14歳ぐらいか。雀は赤っぽい茶髪にふわふわした癖毛。子供独特の中性的な顔立ちが残っている。佐竹の綺麗な顔とはまた別の整った顔立ち。
美形が多いな、と素直な感想を抱く。
「たった今食事しながら、って帰結させた話題をわざわざ割り込んで話すんだ?」
時間を取らすな、という意味を皮肉たっぷり言外に告げる佐竹。雀は「わわっ待って!」と言って慌てて移動準備を始める。他の奴らのように怯まないのは天晴れ。2人のコミュニケーションはそれで出来ているらしい。というか佐竹が従えている様子。
「ここは厳しいからー女子どんどん減っちゃってー少ないんだよ!本当はもっと多いはずなんだけどねー。入学から今日まででも相当数が減っちゃって」
用意しながら話すとは、どれだけの執念。いや、主張か。
雀が話すとおり、ここの男女比率は7:3だ。だからこそ状況――風習は加速する。
「しかも女子は女子でも、貴族のこっわーい子女かムキムキでちょっと恋愛対象には……コホンッ!――そんなわけでっ!!」
雀はいつしか佐竹を追い抜かし先導していたのでわざわざ振り返って、ズビシッと音を出しそうな勢いの指を立てる。秋登は間近すぎてブレているそれを見ると曲げたくてたまらなくなった。
……こう、曲がらない方へえいっ!と。……しないけど、ウザイよな。
「崇拝対象・憧れが過ぎて擬似恋愛になったりすんだよねー。学校機関だし遊ぶのも満足に出来ないから、鬱憤溜まった奴らが新しい遊びかゲーム感覚でさぁ」
佐竹から白けた、いや突き刺さる氷の視線を感じたのか付け足す雀。
「っていっても美形2人並ぶと絵になるーとか。話しかけられた、キャッ嬉しい!程度だしぃ」
秋登は思考が危ないところに向いているな、と自覚する。イメージが“青春”的なドラマか映画しか思い浮かばない。感動、汗、涙、熱血……と単語が羅列する思考。ムサイな。
「じゃれあいで抱きつく、とかボティタッチが多めとかそんな感じか?」
雀の話し方が煩い。ついでに行動も。周囲から向けられる興味津々、好奇心旺盛な視線や大っぴらな誹謗中傷に交わされる噂、丸出しな悪意の視線。それが秋登を苛立たせる原因だった。
「そうそう、フレンドリィ系。男ばっかりの王様ゲームでキスしろって命令が出たーとか、女装命令されたーとか。そんな悪ふざけが横行する感じー」
「だから大丈夫ィ!!」と親指を立てられる。いや、指立てられても「折っていいですか」ぐらいの言葉しか出ない。
「……まあ、それぐらいなら、な。でもそれって恋愛なのか?」
雀は基本無視。佐竹に話しかける。
「うーん、何とも言えない、かな。殆ど冗談で言っているようなものだよ」
佐竹も乗ってきて雀が嘘泣きをする。まあ名に因んだ行動なのだろう。ピーチクパーチクと五月蝿い。ちっちゃいし。いや、それでは蝿か。
「まあ、仕方ない。こればっかりは諦めるしかないよ」
あはは、と苦笑で返されて苦笑で返す。
「で、アイツはどうなんだよ。そんなフレンドリィとかじゃないんだが?」
話が一段落したところで再び視線をやれば、山戸 創がいる。美形が怒ると怖いというけれど、アレは怒っているわけでもないのに顔が怖い。話を聞かれていたわけじゃないだろう。単に転入生は“秋登”なのか、と疑っているだけで、ここの恋愛事情とは全く関係ない。
……ああ。昔の“俺ら”ならば、ここではそう見られたのかもしれない。




