1st
『――変化は水がスポンジに吸収されるが如く、急速に広がった。
散布される物質、RESの被害は目に見えて鮮やかだった。体内蓄積量は個別に異なるが、人を含めた動物はRESを体内に取り込むと身体の硬化、強制的な暴力衝動、自失状態などの症状を起こす。つまり凶暴化し他を襲う。例えると小動物であるウサギやリスが通常の熊程に巨大化し、生物学的にも言っても本来が考えられないほどに変態する。
それらを隔離、いや人類の立て篭もりとも言うべき状態へと事態は移行される。
都市はNon RESシステムの導入によりRESからの安全を図ったのだ。
――しかし、RES化し人類の敵となった生物たちLSの狂気からは逃れられない。世界はやはり絶望の只中にあった。そこへ一つの希望が――』
プツ――ッ
映像が一時中断され、創は何事かとHMDを外す。他の奴らも同じく外していた。
学園都市シンクレス――そこでは日夜戦いが繰り返されていた。襲い来るLSに対抗するため生徒同士の試合が行われ、命を殺すための訓練をする場であり、そして何かを守るための力を養う場所だ。しかし、今日に限っては戦闘の音は聞えない。二期制においての後期始まりの日。その日、彼らは一様に世界の成り立ちを聞き、知識の復習を行う。創も例外でなく、それに参加していた。
大きく開いた視界で改めてみる教室。視線を巡らせれば副担任の朝日が扉のところで担任の雪蒔と話をしていた。
「ああ、はい。聞いていますよ。はい、分かりました。わざわざありがとうございます、先生」
雪蒔と話し終わった朝日は向き直り、皆がヘッドホンを外したことを確認して話し始める。
「今期より入学した生徒が来たので授業は一時中断して、紹介したいと思います。さ、入って」
朝日の後ろでドアがスッと開いて青年が入ってきた。
「 っ」
ドクンと創の心臓が一際大きく拍動する。
先ほどまで映像を映していたスクリーンを背にして立った転入生は紅い瞳を持っていた。彼の容姿はひどく平凡で、肩につく長さの黒髪と瞳の色以外には特徴がないくらいだった。細い腰に巻かれた金属ベルトや指に嵌められた指輪、服の中に納められていると思しきペンダントのチェーンが見え、大人しい風貌に申し訳程度の印象を与えるぐらいか。何処にいても埋もれ、紛れてしまう特徴の無い青年。けれど創は彼を見た瞬間からある人物を思い浮かべていた。
昔見た人物を思わせる雰囲気。だがその瞳は記憶と被らない。無感情に瞳を彩る紅は珍しい色合いだ。一度でも会えば忘れるわけがない。記憶には誰一人それを持たない。見覚えがない。
別人なのか、同一人物なのか。判断しようにも、今の創にはその材料がなかった、
「秋橋 涙だ。よろしく」
ガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。記憶の声が反響するように、頭を揺らす。その存在は新しい季節の到来を告げるように創には感じられたのだった。
意図的に造られた笑顔がそこにはあった。けれどその瞳は寂しげに揺れ、絶えることなく風が吹き荒び、その色は乾き褪せる紅葉の傷色を現していた。
彼はその情動を一瞬にして消し去った。瞳はどこも見ていない。感情なく、虚ろへと変化する。初めて会った彼に何故こんなことを思うのか。彼をかつての親友と決めかかる己に問う。余りにも違うと否定するのは簡単だ。しかし――記憶の中の人物だと、直観させた。記憶は鮮明だ。けれど肝心な顔の部分だけ、靄がかかったように思い出せない。それが創にはひどくもどかしい。




