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sky ash  作者: ロースト
1章
21/90

1st-6


通常よりも遅く、しかし登校に間に合う時間帯に目が覚めた秋登は午前中を休養へと費やし、ゆっくりと学校へ行った。そして午前最後の時間を見学程度に受けた。

遅刻の理由は体調不良。それが嘘でも咎めはない。『学園』は自主性を重んじる風潮のため体調管理は自己責任。保険医も医療スタッフもいない。十全な設備のみ。身体の自己判断は最大限譲歩されている。もちろん、授業を受けないこと自体が本人のマイナス要素となるが、それが成績如何に関係することはないのだ。佐竹たちと昼食を取り、午後の授業へと移行した。

「今年の授業日程はぁ空手、変装、かくれんぼ、色、料理、裁縫、治療、調整……なんだけどーぉ。どれからやりたいー?」

やはり、昨日聞いた通り変人に見えた。話通りの風貌。

だが、違和感がある。

「やっぱモグラはだめだ」

「なんでモグラが教師を……」

陰口とは言えない程に隠す気もなく聞えてくる数々の批評に眉を寄せる。聞いている側まで不快になる言葉だ。雰囲気までも汚染されれば、言わずとも賛同しているかのように空気が形成されてしまう。食えない感のあるあの教師には正面から言っても口では勝てないだろうが、影から不平を言うだけでは意味がない。(どころか、背後から狙われる危険が増す気がする)


「かくれんぼは気配を消す鍛錬」


秋登はわざと声を潜めずに発した。杵島を擁護するような言葉に周りが注目するのが分かる。

「変装は相手に疑いをもたせないと同時に自分をも定めない。自分を決定すると癖や仕草が出てくる。つまり、同一人物だと気づかれる」

急な言葉に周囲が沈黙を広げてゆく。

的を射た言葉だと自覚したのか。この程度のこと、推察できて当然だろうに。

「両方とも隠密行動、情報収集の場面に利用できる。料理にしても、迂闊に“システム”を動かすよりか、自分で行動した方が足を消せる」

大勢の中、一人飛びぬけて背の高いその人物までの道ができあがる。

きょとん。そんな形容が相応しいほどの表情をメガネに隠されながらする杵島。

「俺らのこと実践レベルで考えてくれている、いい教師だと思うよ、俺は」

「……あはは、誉められたぁ」

杵島は軽快に笑うが、その実何を考えているのやら。不気味だった。

何も生徒たちだって格好だけで非難しているわけではない。それが対峙してわかった。雰囲気も口調も仕草も、全てに裏があるように感じる。気配に本来とは“違うもの”が混じっている。何もかもが造られた虚構の人物。

「空手が何の役に立つのか知りませんけどね」

違和感だらけの杵島に皮肉を言う。姿を誤魔化し自分を隠す者を信用できるはずもない。

「一つぐらいきちんと学んで対処を知っておかないと、いざという時、我流が対応できなかったらどうするのー?……まあ君には、必要ないかもね。うふふ」

笑う杵島の姿は幸せな妄想に浸かっている。しかしそれにも付きまとう臭いが偽物だ。芝居。この男は嘘の塊。欺瞞だ。

「君の場合ぃバランスよく鍛えてー経験も豊富だしぃ。腕が使えなかったら足、使えないなら関節外すだろうねぇ。頭突きでもして怯んだ時にはめればいいんだから」

秋登は関節を外す隙間さえなければ躊躇いなく指を噛み切るだろう。

「痛みなんて脳の出した信号。ただの刺激ですよ、気にしなければいい。その程度のことはシステムを使えば問題なく収まる」

“システム”ならば指をくっつけるぐらい、造作も無い。痛みなど麻酔をすればよし、手術すればどうにでもなることを問題にする必要性はない。精々、細胞分裂による寿命の長短に触る程度だ。だから秋登は気にしない。感情も痛みも殺しきれるから些細なこと、と処理できる。

けれど感情は、感覚は痛みを気にせずにいられない。それが現実なのだ。だから、それを簡単に言ってのける人物に生徒間の疑問は膨れ上がる。この転校生の実力は如何程のものか、と。

「そんなことをしてたら、君は君の身を滅ぼすよぉー?」

鋭い視線と的確な指摘をやりとりする秋登の横目に蒼白な顔をして何か言いたそうに口を戦慄かせている創が映った。そのことに躊躇いが生れた。しかし次の瞬間には表情筋までも硬い冷たい面に隠された。

「……大丈夫です。授業は受けますし、俺は平気なんです」

小さく、少しばかりの反省を込めて謝れば、同じく小さく返してくる。

「そう……素直じゃないね、君は。大人に頼ればいいのに。君を心配しているんだよ、あの人も」

「……(頼ればいい?)」

――ふざけるな。

ふざけるなよ、大人が。大人が子どもに頼る、そんな世界だというのに、何の世迷言を!!頼れなくしたのは誰だ?押しつけたのは誰だ?――大人だろう……?

腹の底で沈殿していた憎悪が善意の軽い無知によって荒らされ、浮びあがる。

「大人はそんなに信頼できない?」

答えなく、憎しみの篭った瞳で秋登は睨んだ。杵島は息を飲む。

深い、瞳。浮ぶ色は灼熱の感情を彩る紅かと思えば静かなる蒼の憎悪。侮蔑。

「……すみません、感謝はしているんです」

秋登は一瞬の呼気で自身を宥め、穏やかな言葉を返す。そこに感情は宿されなかった。そのことに杵島は僅かな恐怖と安堵を感じ、しかし教師という立場から気を取り直す。

嘘ではない。だがそれはすべてでもない。感謝と同時に憎かった。

……俺の何がわかる。知ったつもりで何も知らない、大人は子供に強制するばかりだ。

現在を作り出したのは軍で、そして治司でもある。泪を連れて行き、子供たちをも人質にし秋登までも迎え、あげく彼女を殺した。過去も未来も、既に決まってしまった今。

強いてきたすべてにおいて“彼ら”は憎まれて当然の行いをしてきた。何も知らない奴らからはどうだかしらない。けれど、少なくともあそこにいた奴らは、秋登は、……それを憎んで当然だ。しかし秋登が一番憎いのは、嫌いなのは、――自分自身。

ポンポンと頭を撫でられる。創とは違う優しさを伴った熱は治司に似ていると秋登は思う。

「じゃ、来週は変装と色ねー。今日はその準備ぃ」

湿った雰囲気にも変わらず、唐突に授業を始める所はやはり変人と言われる所以か。

大人はいつもそうだ。近い場所で、遠い場所で、慎重に距離を測りながら見守る。でもその奥には激しい衝動が押さえ込まれていることも、秋登は知っている。だからこそ、憎んで、嫌って、憎悪しても、それでも見放すことが出来ない。

柵や立場による拘束は見えない鎖。引き千切れるのに、してはいけないという罪悪・良心に駆られる。それを平然として億尾にも出さず、直前までいや最後まで隠したまま。隠すのが、嘘をつくのが上手いのだ大人は。そして大人には大人の、ジレンマがある。

それでも灯った感情の火は消えない。この青い炎は一生、絶えず燃え続けるのだろう。憎しみは復讐したとて、簡単に消せるものではないからだ。ましてや世界へなど……。


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