1st-pre5
後ろから追ってきた台詞は聞えなかったようにして、一人、部屋に入る。
HMDを掛け手元の操作をして新規に自己の設定を組み上げる。それが終了するとピリッと静電気を感じて端子が接続された。神経が機械の中にまで長く伸びた感覚に身体は違和感を持ち、けれど意識が二次元に繋がった。急速に身体の感覚が薄れる。二次元の中の三次元。疑似体験を精神にまで深く影響させた仮想世界。身体を置いて意識体は動く。
視界には箱のような空間が広がっていて、一つだけ扉がある。ノブを捻る時に思考すれば想像通りのものが次の部屋に出現するのだ。そういう知識がいつの間にか脳に刷り込まれていた。自己能力の限界を知ること。それが最重要事項として成績に繋がる。この部屋でするのはそのテストと自己の基礎力を底上げする訓練のどちらかだ。新規は基礎力訓練をするにも最初の設定としてテストをしないといけなかった。出現する敵LSは下のランクから順々に上がっていく。対人は基礎力でしか出てこない。秋登には慣れた戦闘行為だ。
だが実際には先ほどのことや創との距離を考えれば考えるだけ深みに入り、まともに集中することは出来なかった。倒すことで最低限をクリアしているだけの、ボロボロな戦い方。我武者羅に屠るだけの太刀筋はいいかげんで、本番なら武器なんて使い物になる前に折れていた。
――これでは駄目だ。創に近づいてはいけない。
この7年、強さを求めてきたのにこの程度で心乱して弱くなって、どうする。
頑なな拒絶が出来ないのは、未だ褪せない記憶が幸せを夢見させるからだ。今はもっと重要な、守らなければならない約束がある。そのための今だ。けれど、
……投げ出したい。それは出来ない。その責を理解している。
世界の未来を望むならば、今を切り捨てる必要がある。存在の意味、それはこの責を全うすることでしか証明されない。他人が、世界が、存在が……そんな実のない言葉でなく秋登が秋登に対し、この役割を捨て去ることを許さない。
生に執着してしまうのは業だ。わかってる。すべてを失いたくない。更なる未来が欲しい。幸せに、貪欲になる。――それは秋登も同じだった。
「姉さん……」
泪を思い出す時にはいつも、よく似たもう一人の女性が重なるようにして浮ぶのだ。家族を捨て、軍へと従事する母。泪と似た顔で、残酷な言葉を口にする……。
……姉さんは、自分がいない世界を、どうして大切だと、守りたいと思えた?姉さんは何で命を引き換えにしてでも守りたいと思った?俺は――
思考が途切れる。鍛錬終了の合図は追憶の終了を示す楔だった。




