機械の声-哀-
温かな光に包まれていたはずが、いつの間にか砂の上に眠っていた。
だるい体をゆっくり起こして周囲の様子を窺った。
微弱の風が砂を身に纏いながらレムの周りを横切っては、当てもなく去って行った。
空は灰色に近い色に塗り潰され、すっきりしないレムの気分を表しているかのようだった。
「妖精さん達、どこに行ったのかな?」
森の消滅を知らないレムは、消えた妖精達を探そうと周囲を隈なく探したが、影も形も見えなかった。
「皆いない…ここはどこ?」
レムは不安に押し潰されそうになりながらも、機械達の声を探して歩き回った。
しかし、行けども行けども同じ景色が広がるだけで、機械や人はおろか、生き物の姿さえない。
カルシナに貰った鍵を握りしめ、砂に足を取られそうになりながらも、何かに命じられているように歩き続けた。
足が真っ白になって、靴の中に砂が溜まりこんだ頃、レムの耳に小さな泣き声が聞こえてきた。
はっとしてレムはその声に耳を傾け、ゆっくりその声に歩み寄って行った。
声を辿った先には、砂を身に纏った大きな竜巻がいた。
まるでレムの行く手を阻むかのようにその場に聳える竜巻は、ごうごうと大きな音を立てながら回り続けていた。
「竜巻さん!お願いです、私を泣いている人の所に行かせて下さい!」
竜巻に向かって命一杯声を出して頼むと、竜巻から返事が返ってきた。
『お前はワシの声が聞こえるのかのぉ?』
「聞こえます、貴方の優しい声が聞こえますよ、竜巻さんお願い!この先で泣いている人の許に行きたいんです!」
竜巻の老人は、レムを珍しそうに見下ろし、じっとその場で考えた末、彼女の願いを叶えてあげた。
『この先には機械というヤツがおるぞ、どうやら生まれた時から泣き続けているようじゃ、泣き止ませてくれ』
「わかったわ、ありがとう竜巻さん」
レムは竜巻に礼を言うと、その先にいる機械に会う為、先へ進んだ。
それからまた砂に足を取られそうになりながら、レムは懸命に声の許まで歩いた。
砂が風に乗って舞い踊る先に、黒い大きな物体が現れ始めると、レムはすぐに駆け出した。
赤いランプ、真っ黒な体、鈍く光る硬い姿。
その三つの要素を見出した瞬間、この機械が泣いていたのだ、とレムは確信した。
「ねぇ、貴方が泣いていたの?」
『えっ?君はボクの声が聞こえるの?』
レムが機械に声をかけると、すぐに泣き止んではレムの姿を確認するかのようにランプを点滅させた。
声からすると、幼い男の子のように思えた。
「そうよ、私の名前はレム、ねぇどうして泣いているの?」
『それはボクが自然を奪っちゃうからだよ…』
しょんぼりしたように点滅が弱まり、機械は再び泣き出してしまった。
困ったレムは、なんとかして機械を泣き止ませようと奮闘するが、どうやっても泣き止んでくれなかった。
と、レムは話を変えようと、カルシナに貰った鍵を機械に見せた。
「ねぇ、貴方はこの鍵が何の鍵か知ってる?」
服の中から鍵を引っ張り出して機械に見えるように差し出すと、機械の泣き声が止まり、差し出された鍵にコードがゆっくりと接近した。
『これは長のモノだよ』
「長?それは貴方達の仲間?」
『うん、長は僕達機械のリーダーだよ、最初にこの世界に作り出されて設置されたんだ、その鍵は長を封印する為の鍵だよ』
「えっ…」
レムは機械の言葉に、言葉を失った。
カルシナが与えた鍵にそんな役割が込められているとは思いもしなかったからだ。
そしてレムは考えた。
(私がこの鍵を持っている、だとすれば私が機械達の長を停止させる事になる、でも何で長だけ鍵があるのだろう?)
不思議に思ったレムは、機械にその事を尋ねてみた。
すると、機械はとても悲しそうな様子でレムに教えてくれた。
『長はね、僕達が生まれる前に一度封印されているんだ、僕達の親に逆らってね…僕達が全員設置されると、長は封印を解かれて心を取り除かれてしまったんだ』
それでね、と機械は続ける。
『長は親の命令にしか従わない、無感情の機械に変わってしまったんだ、それ以来僕達の前には現れなくなったんだ』
「そんな事があったのね…酷いわ、自分の野望の為に心を奪ってしまうなんて…」
機械の話を黙って聞いているうちに、レムの目からは涙が溢れ出ていた。
己の願いを叶える為に他の力を利用して、用が済めば捨てる。
そんな人間も少なくは無かった。
助け合う思いを利用され、希望の光が見えた瞬間に絶望の底に叩き落されてしまう、そんな思いをしてしまう人間も少なくなかった。
例え冷たい機械の中にでも、人間と同じように心はあるのだ。
その心を奪うことは、人を一人殺すのに等しい罪だと、レムは思った。
『レム、君の事はアングから聞いているよ、とても怒りっぽい彼が君を信頼していると聞いてね、僕はずっと待っていたんだ、君に救われるために』
「アング…あの機械さんね、私もたくさん教えてもらったわ、とても感謝してるの」
レムは以前出会った機械のことを思い出した。
彼の名前がアング、というなら目の前にいる機械には何という名前がつけられたのだろうか。
「貴方の名前は何ていうの?」
『僕?僕は泣き虫だからクライだよ、長にも名前があるんだけど、教えてくれなかったんだ』
「そう…クライ、アングから聞いているなら分かっていると思うのだけど…」
レムはクライにその胸のうちを明かした。
自然の力を奪ってしまう機械達を、悲しみから救う為に停止を頼んでいることを。
『そうだね、僕もそろそろ眠らなきゃいけないね…レム、僕とっても嬉しかったよ、君達人間と一度でもいいから話してみたかったんだ、だから…君のお願いも聞かなきゃね』
さよなら、と最後に付けて機械のクライは起動停止した。
聞こえなくなった声に、レムは悲しくなって泣き出した。
泣き虫の彼の代わりに、たくさん泣いてあげようと、涙が枯れると思うほど泣いてあげた。
クライが起動停止した後、クライの周りが緑色に変化していった。
曇っていた空もいつの間にか澄んだ青い空に移り変わってた。
レムはその光景を見た後、あるものを見て小さく笑った。
それは、地平線に薄っすらと見えた虹だった。
大雨から晴天になれば、虹が出る。
それはまるでレムを励ましているように思えた。
「クライ、私頑張るね」
レムはクライに別れを告げると、緑色に染まる大地をゆっくりと歩き出した。