神秘の使者
レムがカルシナと別れてから数日経ったある日のことだった。
レムは地図には記されていない不思議な森を見つけた。
世界が荒野化している中で、なぜこの森は潤いを保ったまま生き続けているのだろう。
そんなことを考えながら、レムは森の力に引き寄せられていることに気付かないまま、木々の合間を通って奥へと向かった。
青々とした木々の葉に、甘い匂いを放つ綺麗な花々がレムの好奇心を煽り、まるで迷子を誘うように招き入れているようであった。
「こんなに素敵な場所があったなんて…知らなかったわ」
レムはしばらく森の中で自然に触れることにした。
楽しい時間があっという間に過ぎていくと、どこからか女の子の声が聞こえてきた。
「ここにいちゃ駄目です」
幼い女の子の声に、レムは、はっとして辺りを見回して声の主を探した。
視線の先には、青白い光が現れ、そこから小さな翼を持つ種族・妖精が音を立てずに現れた。
「貴方が私を呼んだ妖精さん?」
「そうです、私の名前はフィー、この森の管理をしている一人です」
妖精のフィーは、桃色の長髪に白地の守護着を身にまとっていて、白い肌に青くて大きな瞳が特徴だった。
優しい雰囲気を持つフィーだが、人間よりも長く生きる種族の一員としてか、どこか神秘的で気高いオーラも垣間見えた。
「どうしてここにいてはいけないの?」
「ここは迷いの森と呼ばれています、人間が入り込むと二度と帰れなくなるようになってます」
「二度と?じゃあ私は帰れないの?」
フィーの言葉にレムの表情が険しくなった。
レムはこうして妖精と話せることもできるが、所詮は人間なのだ。
どんな力を使えようとも、生身の人間は長い年月を世界と共にする彼らには抗うことすらできないのに等しい。
フィー達妖精の機嫌を損ねれば、最悪の場合、レムは森から生きて出ることは許されなくなる。
「ごめんなさい、とても素敵な森だと思ったので入ってしまったの、すぐに帰るわ、だから許して」
必死に謝ってフィーに許しを乞うと、フィーは慌ててレムの目の前に降りてくると、困ったように笑った。
「貴方に謝らせるつもりはなかったのですが…大丈夫ですよ、貴方はとても正直な人の子です、森はきっと貴方をお許しになってくれますよ」
フィーの優しい声に、レムの表情はぱぁっと明るくなった。
そして森の許し、という単語に引っかかってフィーにその事を話した。
「あの、森の許しって、森の主がいるのですか?」
「えぇ、この森の主は私達妖精の王、トリエッサ様が主の座に居られます、トリエッサ様がお許しになられれば、きっとお話を聞いて下さるでしょう」
「フィーさん、トリエッサ様に会わせて下さい、いろいろ聞いてみたいことが出来ました」
「分かりました、では迷わないようついて来て下さい」
フィーはレムの前に立って森の奥へと向かいだした。
不安と期待を胸に、レムは慎重に森の奥へと進んだ。
「ここがトリエッサ様がいらっしゃる祭壇です、ここからは貴方しか進むことが出来ません」
「分かりました、フィーさん案内ありがとうございました」
レムは深く頭を下げて礼を述べると、フィーと別れて妖精王の祭壇へと足を進めた。
周囲の雰囲気は、同じ世界にあるとは思えないほど神秘で幻想的なものだった。
澄んだ空気が頬を軽く撫で、緊張して震えるレムを優しく包み込んでくれるようだった。
目の前に迫る光の壁の向こうに、恐らく妖精王がいるだろう。
レムは無意識に両手を強く握っていた。
大丈夫、と小さな声で自分を励ますと、意思を強く持ち、トリエッサのいる領域へと消えていった。