機械の声-怒-
翌朝、レムはユリに別れを告げて隣町へと向かった。
以前までには無かった砂漠が、レムの行く手を阻んでいるように思えた。
砂漠の砂からは、枯れていった花や草の悲しい声が伝わって、レムの心を悲しみに染めた。
もう一度綺麗な花を咲かせたい、太陽の光をいっぱい浴びたいという、自然の残滓の声があちこちから湧き出るように聞こえる。
彼らの想いが自分の事のように思えて、知らぬ間に目からは涙が溢れ出ていた。
レムはその声にひたすら耐えて街を目指した。
やっとの事で辿り着いた隣町だったが、やはりユリのいた街と大して変わらなかった。
疲れ果てた人々があちこちで横たわっていて、目を閉じれば死んでいるように見えてしまう。
レムは機械のある場所について、いろんな人に尋ねて回った。
誰もが口を揃えて言う場所が街の北にあるという。
その場所に向かおうとすると、一人の女性に声をかけられた。
茶髪のポニーテールで、ぽっちゃりした体型の女性から、母親のような雰囲気を感じられた。
「お譲ちゃん、もしかして機械の声を聞く事ができるのかい?」
「はい、自信はあまりありませんが、やってみようと思います」
レムがそう答えると、女性は目をパチクリさせて、次には心底嬉しそうに微笑んだ。
ポケットから小さな鍵を取り出すと、それをレムの手に乗せてぎゅっと握った。
「こんなに小さいのに、お譲ちゃんは偉いね、貴方の勇気がもしかしたら世界を救ってくれるかもしれないね」
「そんなことないです、私に出来るのならやってみたい…ただそれだけなんです」
「それでも貴方は偉いわ…この鍵はおばさんからの贈り物として受け取っておくれ、何かを開けるみたいなんだけど、何に使っても合わないんだ、何かに役立つかもしれないから持ってておくれ」
女性の頼みにレムは微笑みながら頷いて答えた。
その鍵は複雑な模様が装飾されたもので、その模様が何かに似ていた。
首に吊るせるよう紐を通して下げると、レムは女性と別れて北を目指した。
街から離れてしばらくすると、目の前に大きな黒い無機物が現れた。
これが人の言う機械であることに間違いは無かった。
初めて機械を目の前にしたレムは、緊張と不安に押しつぶされそうになりながらも、おばさんから貰った鍵を握り締めて勇気を出した。
「あの、もし私の声が聞こえたら答えてくれませんか?」
人から見たら可笑しな光景に見えるが、レムは全く気にしなかった。
もしかしたら返事をしてくれないかも。
そんなこと思っていたときだ。
『お前は…?』
低い声が上から降ってきた。
はっとして機械を見上げると、赤いランプが何度か点滅していた。
声に合わせてランプがチカチカと光っていた。
「私はレム、貴方の声を聞きたくて来たの」
『レム…我等の主ではないのだな、ならば今すぐ立ち去れ、私がお前を殺してしまう前に』
機械は低い声でレムにそう警告した。
だがそれだけでレムは引き下がらない。
「お願い、私に貴方の声を聞かせて、貴方達の主って誰?どうして殺したりするの?」
懸命に声をかけて、機械の返答を待つ。
すると、機械は何を思ったのか、一本のコードをレムの前に突き出した。
そのコードの先には、小さい鋭利な物が嵌め込まれていた。
『私がこれに命じれば、これはお前を切り裂くだろう、それでもお前は私の声を聞きたいと言うか?』
機械はコードをさらにレムへと突き出した。
あと少し前に出せば、レムの白い喉は切り裂かれてしまうかもしれない。
それでも、とレムは始めた。
「私は貴方の声を聞きたい、貴方の声を聞いて、貴方の想いを私も感じたい」
澄んだレムの声が、機械の中へ吸い込まれた。
微かに反響しているのは、機械の中でレムの声が飛び回っているからだ。
「そして私も聞いて欲しいの、どうして自然を奪ったのか、貴方は誰にその役割を与えられたのかを」
『…』
「お願い」
その一言がとても儚いモノに感じられた。
機械はレムの想いを理解したのか、コードを下げてレムを近くへと導いた。
どうやら心を開き始めているようだ。
「ありがとう」
『…』
「貴方はどうしてそんなに怒ったフリをしているの?」
『それはフリではない、本当に怒っているのだ』
相変わらず低い声だが、先ほどとは少し違う様子だった。
レムが機械が自分から話してくれるのを待っていると、自ら機械は語りだした。
『我等は誰に作られたのかさえも分からない、生み出された時に与えられた【自然の力を吸収して、新しい力にする】役割だけを頼りに今まで起動してきた』
そこで少し間を置き、再び語る。
『我等は親を知らぬ、役割を果たそうとすると、主に喜んでもらえていると信じていた…だが世界を見て思ったのだ、こんな光景を生み出すために我等は作られたのかと…そして想いは怒りに変わった、我等を生み出した主への怒りは、未だに収まらないままだ』
レムは機械の声をやっと掴むことができた気がした。
この機械は自身の創造主に対して怒りを持っている。
それに機械自身も自然を奪うことに悲しみを感じている。
レムは少しだけ希望の光が見えたような、だが反面切ない気持ちにもなった。
「機械さん、私は貴方にお願いがあります、聞いてもらえますか?」
『何だ、小さなレムよ』
「私は貴方の声を聞いて、貴方の心を少し理解出来た気がします、今の貴方にならお願いできることです…自然を奪うことを…止めてくれますか?」
レムの目には涙が浮かんでいた。
自然の力を奪う行為を止めることは、機械にとっては眠りにつく事を意味している。
奪うだけの存在でしかないからといって、機械を責める理由にはならない。
そして彼を強引に起動停止させる理由にもならない。
レムはそれを承知で機械にそう頼んだのだ。
『私が止まれば確かにほんの少しの自然は戻るだろう、だが他にも機械は存在する、私を説得できても他の機械を説得できる自信はあるか?』
機械は優しい口調でレムにそう問いかけた。
自分の想いを黙って、しっかり聞いていてくれたレムにだからこそ、機械はそう言った。
レムは機械の言葉を一つ一つ受け止め、じっと考えた。
だがこうして機械の一人と心を通わせられたことに、レムは自信を持っていいんだと強く言い聞かせた。
「私は貴方達と人間を繋ぐ橋になりたいです、皆は貴方達のことを怖がっているけど、私が皆に貴方達の声を伝えれば、きっと分かってくれるはずです、だから他の機械さんにも会いにいかなきゃ」
レムの答えに、機械はランプを点滅させて答えた。
『お前なら大丈夫そうだ、さぁ小さなレムよ、仲間の声を聞いてやってくれ』
そう言うと、機械は無言になってしまった。
赤いランプも光を灯すことはなく、コードも地面に横たわっていた。
機械はレムのことを信じて眠りについた。
レムは機械に優しくキスをして御礼をすると、街へと帰った。
彼女の歩いた後には、小さな花が咲いていた。