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the natural world  作者: のら
20/21

the natural world -door of tomorrow-

目が覚めると、そこは現実世界だった。

レムは停止したストロアの上に寝そべっていた。

鍵を差したあの瞬間から、レムの体はこの態勢で眠っていたのだ。

きしむ体を無理矢理起こし、周囲の様子を確認した。

青く澄んだ空が、澱んだ雲の切れ間から薄らと見えていて、大地の色も少しだけ以前の色を取り戻していた。

「レム、大丈夫?」

ストロアの下から、カルシナの呼び声がして、レムはそっと下を覗いた。

そこには、疲れ果てて眠っているグラドと、彼を見守るカルシナの姿があった。

「大丈夫です、お二人こそ大丈夫ですか?」

「ええ、彼は疲れて眠ってしまったけど…大丈夫よ」

グラドを一度見下ろしてから、異変がないことを確認すると、カルシナはそう答えた。

安否を確認したレムは、視線をストロアに戻す。

彼から貰った種たちが、しっかり自分の手の中に収められていて、あれが本当にあったことだと証明していた。

冷たくなったストロアの体にそっと触れてみると、感じられた鼓動が一切伝わらなかった。

あぁ、彼は止まってしまった。

そうレムの心が理解した時、目にはまた涙が浮かんでいた。

心がやっと主のもとへ帰れたのに、またすぐに眠らなければならなかった。

眠りについた機械達を思い出し、レムは嗚咽しながら泣いた。

全部吐き出してしまいたいくらい、泣いてしまいたかった。

辛くて、悲しくて、切なくて。

どうしようもない運命を、レムは変えてあげることができなかった。

ごめんね、と何度も謝りながら泣いていると、その涙が種にぶつかって弾けた。

すると、種が輝きを持ち始め、レムの手から飛び出してしまった。

不可思議な出来事に、レムは慌てて種を追うが追いつけずに見失ってしまった。

地平線の彼方へ消えた種たちを、レムは茫然として見送った。

(どこかで咲いてくれるのかな?見届けたかったな…)

少し残念そうに俯くレムだが、どこかで無事に咲いてくれることを祈って、カルシナのもとへ向かおうとした。

「レム!あれを見て!」

カルシナがレムの背後を指さして驚愕きょうがくの表情を見せていた。

女神である彼女が驚くほどの事が起きているとなると、レムは振り向かずにはいられなかった。

地平線の先に目を向けると、そこには予想しなかった光景が広がっていた。

地平線に沿って、大きな木がものすごい速さで成長し、あっという間に森を生み出していった。

その周囲には小さな花が咲き誇り、その範囲をぐんぐん広げている。

瞬きをしている間に、レムの足元にも花が咲き、さらに反対側の地平線へと進んでいった。

カルシナがグラドを叩き起すと、眠そうな表情から驚愕きょうがくの表情に変るまで、さほど時間はかからなかった。

そして、ストロアの体にも花が咲き誇った。

青い花と、黄色い花と、白い花。

どれも形や色、大きさの違うものだったが、なぜか違和感はなかった。

「これは…ブルースターにクチナシ、それにヘリクリサム」

植物に詳しいレムは、その花の名前をすべて言い当てた。

一輪手に取ると、優しい香りがレムの周りを包み込んだ。

「綺麗な花ね、でもなぜこの花が?」

カルシナが尋ねると、代わりにグラドが、花達を愛おしそうに撫でながら答えた。

「これらの花は娘が…サクラが好きだった花だ、ストロアは覚えていてくれたんだな…」

グラドの頬に大粒の涙が流れた。

その花達を娘のように抱きしめ、まるで救われた罪人のように、綺麗な微笑みを浮かべていた。

風に舞ってどこかへ向かう花達に、レムは問いかける。

「貴方達の旅の果てには、何が待っているの?」

『それは誰にもわからないわ、でも私たちは世界を照らす役目を果たすために、誰かを笑顔にするために世界を巡るわ、それは貴方と同じ役目、貴方の役目はこれからも続くの…そばにいる大切な人たちの笑顔を守る役目を…それが終わる日は、まだまだ遠いわ、それまで貴方の旅は終わらない、自然も機械も人間も…旅の終わりは誰にもわからないわ』

花達の答えに、レムはなぜか微笑んでしまった。

それは彼女にしか分からない感情だから、カルシナもグラドも理解できなかった。

レムは両手を空に向けて伸ばし、まるで抱きしめるかのように大きく大の字を描いた。

「ねぇ、その三つの花言葉知ってる?」

いきなり二人に向けられた質問に、正しい答えを返すことができなかった。

ふふっ、と笑ったレムは、どこか楽しそうに笑うが、頬には涙の跡がくっきり残っていた。

「ブルースターは信じあう心、ヘリクリサムは永遠の思い出…そして…」

そこで一度区切り、レムは二人に背中を向けた。

地平線を見つめ、誰かを待っているかのように、ずっと先を見つめていた。

二人がレムの隣に立つと、レムは三つ目の花言葉を教えてくれた。

「クチナシはね…『私はあまりにも幸せです』なんだって…」

その言葉を聞いた瞬間、花達が一斉に空へ舞い上がった。

まるで雲に吸い寄せられているかのように、真っ直ぐ上に上がっていく。

あぁ、とカルシナは落胆した。

もうすぐ自分も元の世界へ帰る時だ。

そう思うと落胆せずにはいられなかった。

「カルシナさん、行ってしまうんですね」

「えぇ、貴方には分かるのね…そうよ、私は女神…ずっとこの大地に根付いてはいられないの…あぁ、悔しいわ…私も人間だったらよかったのに」

そう説明するカルシナの瞳からは、別れを惜しむ涙が次から次へと流れていた。

カルシナはレムをぎゅっと抱きしめ、何度も感謝の言葉を囁いた。

ここまでの旅を、こんなに温かい終わり方にしてくれたのは、レムがいたからとカルシナは言う。

レムもカルシナをぎゅっと抱きしめ、カルシナの温もりを確かめる。

だがその体は青い光に包まれ、少しずつ消えていこうとしている。

レムはゆっくりカルシナから離れると、女神は寂しそうに微笑んで一つの言葉を告げた。

「貴方の人生は光によって包まれています、しかし時に闇も必要になるでしょう…貴方の心には二つの炎が燃えています、その炎をどうか愛して下さい、差別などなく、平等に愛せる人になって…」

カルシナの言葉はそこで終わった。

青い光に覆い尽くされた彼女は、そのまま花達と共に空へ帰って行った。

見上げるレムの頭に、ふと妖精王の言葉が浮かんだ。

光と闇は誰にでもあるということ、それをトリエッサは教えてくれた。

そして今度はカルシナが、その二つを愛せと教えてくれた。

その意味を今のレムには理解できた。

不意にグラドがレムの肩に手を置く。

「ありがとうレム、君のおかげで世界は自然を取り戻した、そして機械達の心も」

「グラドさん…」

「私はこれから機械たちの役割を正しくするために、作業に入ろうと思う、君はどうするんだい?」

「私は…森に帰ろうと思います、森の皆に会いたくなりました」

「そうか…じゃあ、お別れだね」

「…はい」

二人はお互いにこれからの進む未来を口にした。

そうすることで、新しい旅を見つけられることができるからだ。

決意を胸に、グラドは一度頷くとレムを笑顔で見送った。

花咲く世界の中で、二人はゆっくりと離れて行った。

レムの姿が見えなくなると、グラドは停止したストロアに歩み寄った。

冷たくなったストロアを優しく撫でてこう言った。


「さぁ、新しい時を刻もう、私もお前も」



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