the natural world - hearts in key -
「パパ、ストロア」
とても懐かしく、忘れられないたった一人の愛娘の声だった。
グラドは思わず辺りを見まわして探すが、娘の姿はどこにもなかった。
それでも娘の、サクラの声は続く。
「どうか闇に飲み込まれないで、パパ…ストロアを前みたいに優しくて厳しいおじいちゃんにしてね、約束だよ?」
聞き逃すまいと、サクラの小さな声に耳を傾け、じっとその想いを胸に受け止めている。
娘の願いを聞いた父親の答えは、すでに出ていた。
晴れやかな表情を浮かべて、グラドは灰色の空に向かって言った。
「約束する、パパが…必ずサクラのおじいちゃんをもとに戻してみせるから」
グラドの優しく、柔らかい声が空に木霊した。
それが合図となったのか、雲の切れ目から光が漏れ出した。
仄かに光を取り戻した世界は、どこか幻想的で誰もが目を奪われるほど心に刻み込まれる光景だった。
グラドはストロアの体に触れ、心の在り処を探す。
静かに目を閉じると、鮮明に蘇る過去の暖かな記憶に、思わず頬を緩ませる。
そしてグラドはその中で彼の心を見つけた。
はっと目を開いてレムに伝えようと、勢いよく振り返って大きく口を開く。
「彼の心はその鍵だ!私が心を奪おうとしたときにストロアは…残滓を残してその鍵に込めたんだ!」
ストロアの心の在り処が思いもよらぬ場所にあり、レムは言葉を失った。
まさか自分の胸の上で輝く、彼を封じる鍵に心が収められていたとは、誰が予想できただろう。
レムは鍵をぎゅっと握ると、ストロアのもとへ駆け出す。
カルシナもゆっくりと歩み寄ってストロアの体に触れる。
その体から伝わる、優しい温もりにカルシナは驚いていた。
機械は鉄の塊であり、本来温もりなど持たない存在だと思っていた。
だが目の前にいるストロアという機械は、己の体温を保ち、まるで人のように生きている。
彼らを生み出したグラドを見つめ、彼の力に畏怖と関心を持った。
「ストロア、今心を戻してあげるからね」
レムは鍵を首から外すと、ストロアの体をよじ登り、心臓部に近いランプのもとまで近づいた。
少なからず不安を感じるのか、ストロアのコードがレムの周りでフラフラと動いていた。
その中の一本を優しく握り、大丈夫と声をかけてレムは鍵を差し込む場所を探す。
鍵穴はランプの真下にあり、子供のレムでもやっと差し込むことが出来るほど狭い場所にあった。
ぐっと腕を伸ばしてレムはその鍵穴へと鍵を差す。
かちゃり、という音が静かな空間の中では大きく聞こえた。
その瞬間、ストロアの体が異常を見せ、コードがぐにゃりと曲がってレムの体へと巻きついた。
グラドとカルシナがレムを呼ぶと、レムは大丈夫と短く答えてストロアと向き合った。
何十年ぶりに帰ってきた心に、ストロアの体は僅かに拒絶反応を見せていた。
それは彼自身の意志のせいなのか、はたまた月日が流れて体が心を忘れてしまい、異物と思い込んでいるのか、それは誰にもわからない。
しかし、ここで諦めるわけにはいかないと、レムは鍵を握ってストロアに声をかける。
「大丈夫、これは貴方のものよ、何も怖くない…私を信じて」
レムの優しい声に、ストロアの拒絶が少しずつ治まっていく。
その心を受け入れた時、ストロアの体が眩い光を放って、世界を一瞬にして真っ白に染めた。