未来へ進むため
気づいたときには、自分の目の前には現実世界が広がっていた。
どこかの捨てられた民家だろうか、埃の匂いや微かに残った木材の香りが部屋いっぱいに漂っていた。
壊れかけのソファーに横になっていたレムは、ゆっくり体を起こすとすぐに部屋の中を探索した。
ほとんどの家具は木材で作られていて、虫食いや風化のせいでボロボロになっている。
歩くたびに床がみしみしと音を立てて、今にも床が抜けてしまいそうだった。
「起きたのかい、レム?」
「グラドさん…」
部屋の扉が開かれ、そこからグラドが顔を覗かせた。
グラドの遠慮がちな様子に、気を遣ってもらっていると分かったレムは、小さく笑ってグラドを部屋に招きいれた。
「具合はどうだい?どこか痛い所とかは?」
「大丈夫ですよ、グラドさんこそ大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だよ…」
それだけ言うと、二人の間に会話は無くなった。
その沈黙の中で、なぜか気まずいという気分は感じなかった。
二人の頭の中には、そんなことを考えている暇など無かったからだ。
「長…ストロアは大丈夫でしょうか?」
「わからない、でも私は必ずストロアを正常に戻してみせる…君だけに任すなんて酷だからね」
以前では考えられないほどの成長を見せるグラドの心に、レムは落ち込んでいた気持ちから救われた気がした。
そして、ふと頭に浮かんだ鍵を手に持って、グラドにストロアとの関係について尋ねた。
「クライに聞いたんです、これがストロアを封じる鍵だって…封じるってどういう事なのですか?」
「そうだね…封じるっていうのは強制終了みたいなものだ、君が機械たちに頼んできたのは自らの意思での起動停止で、その鍵は意思を無視してでも出来る起動停止ということだ」
強制という単語に顔を強張らせ、ぎゅっと鍵を握った。
その様子にグラドは慌てて誤解を解こうとレムにこう言った。
「大丈夫、今の私はそんな野蛮な真似で終わらせたりしない、それに君が持っていてくれれば、絶対にそんな事にはならない」
グラドの言葉に、レムはしばらく考えて自分の中で答えを見つけた。
気持ちを落ち着かせて、グラドの目をじっと見つめる。
その目に嘘が無いかどうか、レムには見分けられた。
「貴方は…嘘はつきませんね、ごめんなさい」
レムは素直に謝ってグラドに小さく微笑んだ。
その柔らかい笑顔に安堵したのか、グラドもつられて笑った。
しばらく二人で部屋にいると、扉にノックする音が聞こえてそれに応答した。
入ってきたのはカルシナで、彼女の表情はとても険しいものだった。
「どうしたんですか?」
レムが心配になって声をかけると、カルシナは言いにくそうな顔をしつつも、その重い口を開いた。
「世界があと数日で自然を完全に失うわ、ストロアの力は以前よりもさらに増している…レム、どうする?」
世界から数日後には自然が完全に失われる、そう聞いてレムの想いは決まった。
グラドの方へ目を向けると、彼も同じように決意をしたようだ。
お互いに目を合わせて頷き合うと、レムがカルシナへ想いを告げた。
「私達はストロアを止めに行く、そして絶対に自然を失わせないわ!私は決めたの、私にしか出来ないことがある…それがまだ終わってないから、私は全てを終わらせに行く!」
「分かったわ、私も貴方達の力になりましょう…レム、グラド、貴方達の手で世界を救って下さい」
カルシナから改めて頼まれると、二人は強く頷いて答えた。
出発の準備を終えると、三人は民家の外へ出た。
確かに世界は、今にも自然を失い灰色に染まってしまいそうだった。
暗い空を見上げ、レムはあの中間地点を思い出す。
母との約束を守るため、自分にしか出来ないことをやり遂げる。
そう何度も自分に言い聞かせ、心を強く持った。
行こう、とレムは二人に言う。
何も言わずに頷いて答え、三人は再びストロアのいる場所へ向かった。
空の青さを取り戻すため、大地を埋め尽くす色鮮やかな光を取り戻すため、世界の光を取り戻すために、レムは鍵を握りながら前へと進んだ。