弔いの火
「カルシナ…?まさか…お前は!」
グラドの表情がみるみる青ざめていき、体をブルブルと震わせていた。
まるで先ほどのレムのようで、レムは複雑な想いで彼を見た。
「貴方は今、たった一つの希望を消そうとしたね、それがどういう事か…わかるだろう?」
以前会った時のカルシナとは違い、例えれば人間の気配があまりしなかった。
違う世界の存在、そんな言葉が今のカルシナには当てはまった。
「カルシナさん、どうしてここに?」
「ごめんねレム、アタシはどうしてもこの男が…いや、人間が許せないんだ」
人間、と言った瞬間、カルシナの体が輝き始めた。
光の中でその人間らしい姿は徐々に変化し、みるみるうちにその姿は他の種族のものとなった。
だがその姿はこの世界に生きる者の姿ではなく、神話の中で語られる女神の姿だった。
「貴方は女神だったのですか?」
女神となったカルシナに、レムは興奮を抑えきれずにいた。
一度だけ聞いたことのある神話の中で、レムがもっとも好きだった女神が目の前にいるからだ。
そんなレムとは対照的に、グラドはこれ以上ないほど怯えていた。
天上の住人が目の前にいると考えるだけでも、彼にとってはこの上ない恐怖だった。
「レム、貴方は以前よりも成長しましたね、ならば分かるでしょう?この男はこの世界だけでなく、いろんな命を弄んだのです、それを許しておけますか?」
そう問いかけられ、レムは腕を組んで考えた。
普通なら許されない行為で、当然罰を与えなければならない。
だがレムは違うと思った。
グラドの行為は許されないが、それには彼の過去と、その行為をさせた理由があった。
その中で、彼は機械達を生み出し、世界から自然を奪った。
複雑に絡み合う道のど真ん中に、レムは立っている感覚を覚えた。
「私は誰かに罰を与える事が出来るほどの人間ではありません、それに私は知りたいのです、グラドさんがこのような行為を行った訳を」
それがレムの、今の正直な答えだった。
真っ直ぐな答えに、カルシナはただ優しく微笑むだけだった。
そして怯え続けるグラドに目を向け、今度は厳しい目でこう告げた。
「貴方には当然罰を与えます、しかし、レムは貴方のことを知りたいと言っています、ならば彼女の願いに答えてあげなさい」
「私の事を…?知ってどうするんだ?機械の長は止められないんだぞ?」
困惑するグラドは、視線をレムに向けた。
話す相手を変えたという理由と、カルシナと目を合わせたくなかったという理由でそうしたのだ。
長を止められない、と何度も言うグラドに対し、レムは力強く横に首を振った。
「私は必ず長を助けてみせる、そのためには貴方のことを知らなきゃいけないの、長の心を奪ったのは貴方でしょ?貴方の過去に取り戻すヒントがあるなら…私はそれに賭けたいの」
レムは決して意思を曲げなかった。
グラドに対する想いは複雑だが、今彼に罰を与えても世界が救われるわけでもない。
ならばグラドにも協力をしてもらい、世界を救う作業に携わって欲しいと思った。
レムの意思が絶対に曲がらないと分かったグラドは、どこか懐かしそうに、優しい目でレムを見つめた。
「分かった、君の意思は絶対曲がらないようだからね…私は確かに失ったよ、大切な家族を…君はもしかしたら知っているかもしれないが…」
「知っているわ、サクラでしょう?」
「あぁ、サクラは君に似てとても心の澄んだ強い子だったよ、でもサクラは死んでしまった…自然災害でね」
「自然災害?」
「そう、あの子は地震で地面が割れた場所に運悪く落ちてね、それでも私はとても悲しかった…やるせない思いで、自然に怒りをぶつけるしか他に方法が無かった」
淡々と過去を明らかにしていくグラドの目には、いつの間にか涙が浮かんでいた。
やり切れない想いをどこかにぶつけたくても、ぶつけられる場所も無ければ人もいない。
そんな中で考え付いた先が、自然への復讐だった。
そして奪い去った力を使って家族を蘇らせようと考えたと言う。
すべてを語り終えた後、グラドはもう一度レムを見つめた。
今度は何処かやり切った表情で、話したらすっきりしたとでも言いたそうだった。
レムはその表情が、どこか悲しげに見えて、我慢していた涙が一気に溢れ出した。
ボロボロと大粒の涙が目尻から流れ落ち、歪む顔をそのまま曝け出して泣いていた。
「レム…大丈夫?」
カルシナが心配そうに見守るが、レムの涙は一向に止まらない。
その涙が誰に向けられているのかも分からず、ただ溢れる感情に戸惑いながら、レムはこれが切ないということを覚えた。
同情も含まれているかもしれない、それでも今はただ涙を流していたかった。
それがレムの正直な想いだった。
レムがやっとの事で泣き止むと、グラドは苦笑しながらレムのすぐ傍まで動いた。
「私なんかのために泣いてくれてありがとう、たとえそれが同情でも嬉しいよ」
「ごめんなさい、貴方のこと…心の底では悪い人だと思ってた、でも貴方にも悲しみはあったのね…知らずに酷いこと言ってごめんなさい」
そこでレムは一度区切ると、涙を拭ってもう一度口を開いた。
「でも長の心を奪ったことには変わりありません、お願いです!私に力を貸してください!長を助けられたら、きっと…ううん、絶対に世界は自然を取り戻してくれるわ」
自信がこもったレムの言葉に、カルシナが隣に立ってグラドに言葉をかけた。
「彼女が世界を救うには、恐らく貴方の力も必要なのでしょう、ならば世界に生きる命の一人として、彼女に力を貸して下さい」
「私が…世界のために…」
二人から協力するよう頼まれたグラドは、自分の胸に手を当てて目を閉じた。
自分が世界を救う一人となれるなら、せめて償いとして…そう考えた時、脳裏にサクラと妻の姿が過ぎった。
そしてサクラの笑った表情が浮かんで儚く消えた後に、グラドの目は開かれた。
「私の力でよければ、君に貸しましょう…私が招いた事です、私もケジメとして手伝わせて下さい」
グラドの答えに、レムの表情が一気に明るくなった。
純粋に喜びを感じているその表情と、死んだ娘の笑顔を重ねて見つめるグラドに、カルシナは今までとは打って変わって優しい声で言った。
「貴方の心が善へと動き出しました、罪は消えませんが…どうか彼女を守ってあげて、貴方の娘もそれを望んでいるわ」
「…はい」
そう短く答えたグラドの表情は、少しだけ優しく歪んでいた。
罪を受け入れた男のすぐ横を、桜の花びらが風に乗って運ばれた。
それは地面に落ちることなく空へ舞い上がっていった。
まるで父を励ますかのように。
桜の花の優しい香りが、三人を優しく包んでいた。