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the natural world  作者: のら
13/21

弔いの火

「カルシナ…?まさか…お前は!」

グラドの表情がみるみる青ざめていき、体をブルブルと震わせていた。

まるで先ほどのレムのようで、レムは複雑な想いで彼を見た。

「貴方は今、たった一つの希望を消そうとしたね、それがどういう事か…わかるだろう?」

以前会った時のカルシナとは違い、例えれば人間の気配があまりしなかった。

違う世界の存在、そんな言葉が今のカルシナには当てはまった。

「カルシナさん、どうしてここに?」

「ごめんねレム、アタシはどうしてもこの男が…いや、人間が許せないんだ」

人間、と言った瞬間、カルシナの体が輝き始めた。

光の中でその人間らしい姿は徐々に変化し、みるみるうちにその姿は他の種族のものとなった。

だがその姿はこの世界に生きる者の姿ではなく、神話の中で語られる女神の姿だった。

「貴方は女神だったのですか?」

女神となったカルシナに、レムは興奮を抑えきれずにいた。

一度だけ聞いたことのある神話の中で、レムがもっとも好きだった女神が目の前にいるからだ。

そんなレムとは対照的に、グラドはこれ以上ないほど怯えていた。

天上の住人が目の前にいると考えるだけでも、彼にとってはこの上ない恐怖だった。

「レム、貴方は以前よりも成長しましたね、ならば分かるでしょう?この男はこの世界だけでなく、いろんな命をもてあそんだのです、それを許しておけますか?」

そう問いかけられ、レムは腕を組んで考えた。

普通なら許されない行為で、当然罰を与えなければならない。

だがレムは違うと思った。

グラドの行為は許されないが、それには彼の過去と、その行為をさせた理由があった。

その中で、彼は機械達を生み出し、世界から自然を奪った。

複雑に絡み合う道のど真ん中に、レムは立っている感覚を覚えた。

「私は誰かに罰を与える事が出来るほどの人間ではありません、それに私は知りたいのです、グラドさんがこのような行為を行った訳を」

それがレムの、今の正直な答えだった。

真っ直ぐな答えに、カルシナはただ優しく微笑むだけだった。

そして怯え続けるグラドに目を向け、今度は厳しい目でこう告げた。

「貴方には当然罰を与えます、しかし、レムは貴方のことを知りたいと言っています、ならば彼女の願いに答えてあげなさい」

「私の事を…?知ってどうするんだ?機械の長は止められないんだぞ?」

困惑するグラドは、視線をレムに向けた。

話す相手を変えたという理由と、カルシナと目を合わせたくなかったという理由でそうしたのだ。

長を止められない、と何度も言うグラドに対し、レムは力強く横に首を振った。

「私は必ず長を助けてみせる、そのためには貴方のことを知らなきゃいけないの、長の心を奪ったのは貴方でしょ?貴方の過去に取り戻すヒントがあるなら…私はそれに賭けたいの」

レムは決して意思を曲げなかった。

グラドに対する想いは複雑だが、今彼に罰を与えても世界が救われるわけでもない。

ならばグラドにも協力をしてもらい、世界を救う作業に携わって欲しいと思った。

レムの意思が絶対に曲がらないと分かったグラドは、どこか懐かしそうに、優しい目でレムを見つめた。

「分かった、君の意思は絶対曲がらないようだからね…私は確かに失ったよ、大切な家族を…君はもしかしたら知っているかもしれないが…」

「知っているわ、サクラでしょう?」

「あぁ、サクラは君に似てとても心の澄んだ強い子だったよ、でもサクラは死んでしまった…自然災害でね」

「自然災害?」

「そう、あの子は地震で地面が割れた場所に運悪く落ちてね、それでも私はとても悲しかった…やるせない思いで、自然に怒りをぶつけるしか他に方法が無かった」

淡々と過去を明らかにしていくグラドの目には、いつの間にか涙が浮かんでいた。

やり切れない想いをどこかにぶつけたくても、ぶつけられる場所も無ければ人もいない。

そんな中で考え付いた先が、自然への復讐だった。

そして奪い去った力を使って家族を蘇らせようと考えたと言う。

すべてを語り終えた後、グラドはもう一度レムを見つめた。

今度は何処かやり切った表情で、話したらすっきりしたとでも言いたそうだった。

レムはその表情が、どこか悲しげに見えて、我慢していた涙が一気に溢れ出した。

ボロボロと大粒の涙が目尻から流れ落ち、歪む顔をそのまま曝け出して泣いていた。

「レム…大丈夫?」

カルシナが心配そうに見守るが、レムの涙は一向に止まらない。

その涙が誰に向けられているのかも分からず、ただ溢れる感情に戸惑いながら、レムはこれが切ないということを覚えた。

同情も含まれているかもしれない、それでも今はただ涙を流していたかった。

それがレムの正直な想いだった。



レムがやっとの事で泣き止むと、グラドは苦笑しながらレムのすぐ傍まで動いた。

「私なんかのために泣いてくれてありがとう、たとえそれが同情でも嬉しいよ」

「ごめんなさい、貴方のこと…心の底では悪い人だと思ってた、でも貴方にも悲しみはあったのね…知らずに酷いこと言ってごめんなさい」

そこでレムは一度区切ると、涙を拭ってもう一度口を開いた。

「でも長の心を奪ったことには変わりありません、お願いです!私に力を貸してください!長を助けられたら、きっと…ううん、絶対に世界は自然を取り戻してくれるわ」

自信がこもったレムの言葉に、カルシナが隣に立ってグラドに言葉をかけた。

「彼女が世界を救うには、恐らく貴方の力も必要なのでしょう、ならば世界に生きる命の一人として、彼女に力を貸して下さい」

「私が…世界のために…」

二人から協力するよう頼まれたグラドは、自分の胸に手を当てて目を閉じた。

自分が世界を救う一人となれるなら、せめて償いとして…そう考えた時、脳裏にサクラと妻の姿が過ぎった。

そしてサクラの笑った表情が浮かんで儚く消えた後に、グラドの目は開かれた。

「私の力でよければ、君に貸しましょう…私が招いた事です、私もケジメとして手伝わせて下さい」

グラドの答えに、レムの表情が一気に明るくなった。

純粋に喜びを感じているその表情と、死んだ娘の笑顔を重ねて見つめるグラドに、カルシナは今までとは打って変わって優しい声で言った。

「貴方の心が善へと動き出しました、罪は消えませんが…どうか彼女を守ってあげて、貴方の娘もそれを望んでいるわ」

「…はい」

そう短く答えたグラドの表情は、少しだけ優しく歪んでいた。

罪を受け入れた男のすぐ横を、桜の花びらが風に乗って運ばれた。

それは地面に落ちることなく空へ舞い上がっていった。

まるで父を励ますかのように。

桜の花の優しい香りが、三人を優しく包んでいた。

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