繋がりの先に
エレナと別れてから数日後、レムはある場所に来ていた。
そこはレムの両親が眠る墓地だった。
錆びれた鉄の柵を通り過ぎ、墓石に刻まれた両親の名前を指でなぞる。
冷たい墓石からは、生きている鼓動が全く感じられなかった。
他の種族の声を聴くレムの力は、両親が亡くなってから覚醒した。
悲しみと孤独に心を閉ざしかけていたレムを、自然が優しく包んで心を守ってくれた。
その時に自然と心を通わせ、今の力が使えるようになったという。
両親が亡くなって数年経つ今、レムは世界の危機を脱するために頑張っていることを報告しに来たのだ。
「お父さん、お母さん、私はこの世界が大好きなの…私を守ってくれた自然の皆や、たくさんの人たち、機械達が大事なの、だから私は絶対に諦めないわ」
まるで自分に言い聞かせるかのように、決意を大きな声で口から発すると、満足した表情で微笑み、墓地から去ろうとした。
「君が機械を停止させて回っている子かな?」
「えっ?」
突然前方から声をかけられ、反射的にその声の主を見ると、そこにいたのは黒い衣服を身に付けた男性だった。
短髪の黒髪が風に揺られ、金色の小さな瞳がレムをじっと見つめて離さなかった。
ポケットには、恐らく懐中時計が入っているのか、繋ぎのチェーンがポケットから出ていた。
「貴方は?」
「私の名前かい?もうずっと昔に捨てたよ、名乗る名がないから…ゼロと呼んでくれ」
「ゼロさんですね、私はレムといいます、あの…どうして私が機械達と話が出来るのを知っているんですか?」
「ん?それはね…」
ゼロと名乗る怪しげな男性は、レムの質問にニコリと微笑んでみせた。
その微笑がとても不気味で、体中の毛が逆立ってしまうのではないかというくらい鳥肌が立った。
第六感が警告のサイレンを鳴らし、レムをその場から離そうとするが、体がいうことをきかなかった。
「私は君が捜し求めている存在だからだよ」
「えっ…じゃあ、貴方がまさか…」
そこまでレムが口にしたときだ。
一羽の鳥が男性の顔面目掛けて突進してきたのだ。
不意打ちされた男性は、それを顔で真正面から受けてしまい、抜ける羽を顔に付けて頭をぶんぶんと振るった。
レムはその鳥に見覚えがあった。
その鳥は、ユリの家で出会った、勇気をくれたあの鳥だった。
「鳥さん!どうしてここに?」
『急いでここから離れて!この男は君を殺そうとしているんだ!』
鳥はバタバタと羽をばたつかせてゼロの視界を奪った。
そしてレムに出来るだけ大きな声で、逃げて、と何度も叫んだ。
状況を把握しきれてないレムは、自分が恐怖に怯えて体を震わせている事にさえ気づいていなかった。
動けないレムを、鳥の羽の隙から見たゼロは、鳥を片手で振り払ってポケットからある物を取り出した。
それは、銀色の刃が光る鋭利な武器―ナイフだった。
『駄目!逃げるんだ!』
鳥の精一杯の叫びも、今やレムの耳には届かない。
目の前が真っ暗になりそうで、それでも必死に立っているレムには、ゼロの姿しか捉えることが出来なかった。
「私の夢を邪魔しないで欲しい、君が頷いてくれたら殺さないであげる、でも頷いてくれなかったら…君を排除しなきゃ」
ゼロのどこか楽しそうな声に、びくっと体を大きく震わせる。
目の前に恐ろしい獣がいるようなもので、子供のレムにとっては恐怖以外の何者でもなかった。
どうするの、と選択を迫られ、歪んだ笑顔に脅迫され、レムは一瞬逃げてしまおうと考えた。
だがそのとき、旋律石が熱を放ち、レムの手をほんの少し火傷させた。
反射的に石を離してしまったレムだが、石のおかげで正気に戻ることができた。
逃げようとした自分を心の中で叱り、石を拾い上げてレムはゼロを真っ直ぐ見つめた。
強い眼差しに変わった少女の姿に、ゼロはそれが答えと受け取った。
「わかった、君は私の敵だ…死んでおくれ」
ゼロが一層歪んだ笑みを浮かべて駆け出し、ナイフをレムに向かって振りかざした。
それでもレムは決して怯むことはなかった。
手にはカルシナがくれた鍵、首には同じく貰った水晶、そしてエレナから貰った旋律石。
自分の記憶と心に刻まれた出会いを力にし、レムは心に思った言葉をゼロにぶつけた。
「貴方の娘さんは、なぜ死んだのですか?」
ぐっとゼロの手が止まり、レムはその様子で確信した。
ゼロはあの灰色の世界で出会ったサクラの父親、グラドであることに。
「なぜ君がそれを…?」
ゼロの苦しそうな声に、レムはただ横に首を振って返した。
水晶の中で見たあの世界で、寂しそうにそこにいたサクラを思うと、なぜか口に出来なかった。
鳥がレムの肩に止まり、ゼロ…もといグラドを睨み付けた。
「私は貴方のことを探していました、機械達を苦しめている貴方を…機械の長の心を返してあげて下さい」
「長…長はもう元には戻らない、製作者の私でさえもう―」
「勝手すぎるよ!」
グラドが長のことを諦めていると知ったレムは、怒りを抑えきれずに思わず大きな声を出してしまった。
小さな少女の怒りに少なからず驚いたグラドは、はっとしてレムの目を見つめた。
そこには純粋過ぎるくらいの怒りが込められていて、それが自分に向けられていると思うと、何も言えなくなってしまった。
「人間のせいで、機械達も自然の皆も、妖精さんたちも…皆傷ついているんです!貴方の夢が何なのか分かりませんが、貴方は夢のために誰かを傷つけていいと思っているんですか?」
「それは…」
反論してみようと試みるグラドだが、レムの筋の通った意見に何も返せなかった。
しばらく沈黙が続くと、そこへ一つの足音が聞こえた。
二人と一羽がそちらへ目を向けると、そこにはレムが良く知る人物が立っていた。
「カルシナさん…?」
驚きを隠せないレムに、ただカルシナはふっと笑みを浮かべるだけだった。