奪われた泣き声
目が覚めると、そこは見覚えのある部屋だった。
すぐそばにはエレナが水分を含んだ冷たいタオルを持っていて、自分が布団の上で横になっていることに気付いた。
「大丈夫?」
エレナがレムの額にタオルを優しく置きながら尋ねた。
うん、とレムは一言答えるのが精一杯だった。
口を動かそうとしても、なかなか体全体が言うことを聞いてくれなくて、まるで何かにとり憑かれてしまったようだった。
「君は水晶の想いと触れたのね、様々な想いが君の周りに漂っているのが分かるわ」
「うん、出会ったの…サクラっていう女の子と」
サクラ、そう言って頭の中であの時の光景を思い出した。
突然のことで、あの時は何が起きたのか理解できなかったが、今でははっきりと分かる。
あの灰色の世界が、サクラを取り込んだのだ。
灰色の、粘土のような何かがサクラを覆い隠し、自らを消滅させてレムを現実に押し戻したのだ。
「その子がいた世界は、もう消えてしまったの…消したのは機械のひとつ…一番大きな機械よ」
「それって!?」
エレナの言葉に目を見開くほど驚いたレムは、その先に待つ答えを知ってしまった。
機械の中で大きな存在、クライの言っていたあの機械。
「長がサクラを世界ごと消したと言うの?」
「そうよ、君が水晶に意識を飛ばしている間に、ここへ機械の力が放たれたの、村の皆無事だったけど…多くの生き物が死んだわ」
エレナの表情に嘘はなかった。
同じ力を持つエレナが、そんな嘘を言う理由も無く、レムはとても悲しくなった。
今までの機械とは全く違うということを、レムはこれで改めて思い知らされたのだった。
「エレナ、私機械を…長を止めてくる、会って心を取り戻して、辛い思いをしなくていいんだってこと、教えてあげたい」
きっと長も苦しんでいるはずだ、とレムは思った。
心が無く、そして主人に命令を下されているなら、逆らえずに起動し続けているのだろう。
レムの決意にエレナは、はっとした顔をしてすぐに微笑んだ。
「君は強いね、誰よりも強い君なら…きっと機械の心も取り戻せるはずだ」
「ありがとう、エレナ」
「それと…これは餞別だ」
そう言ってエレナはローブのポケットから何かを取り出して、短い呪文をそれに向けて言うと、それから赤い光が放たれた。
眩しくて思わず目を細めると、エレナはそれを隠すように両手を重ね合わせた。
光が収まると、レムは目を瞬かせてからエレナの隣へ座った。
様子を見ながら手のひらを外すと、その正体がレムに明かされた。
「これは魔術師が守りとして使用する、旋律石という特殊な石だ」
「これを持っていると、私も守ってもらえるの?」
「そうだ、旋律石は持ち主を選ぶ…この旋律石はレムをずっと呼んでいたんだ」
エレナはそう言うと、レムに旋律石を渡した。
石が手の平に乗った瞬間、とくんと石の鼓動が手の平を通じてレムに伝わってきた。
ほのかに温もりを感じて、石も生きていることに感動を覚えた。
長の行為に悲しんでいた自分に、旋律石は、まるで希望を与えてくれたような気がした。
「ありがとう、石に元気を貰ったわ」
「そう、元気になったなら良かったわ…レム、これから君が会う機会は、きっと今までの機械とは比べ物にならないほど強い存在だと思う、でも君には彼らを救う力がある、だから負けないで」
今までの中で一番真剣な表情をして、エレナはレムに彼女なりのエールを贈った。
そのエールに、レムは強く頷いて答えた。
エレナの家から一歩外へ出ると、そこは別世界だった。
空が灰色に染まり、大地は真っ黒に近い色をしていて、まるで世界から色が消えたようだった。
その光景を生み出したのが長だと思うと、レムは複雑な想いになって、ぎゅっと鍵を握った。
必ず助ける、と最後にエレナと言葉を交わして別れた後、レムは旋律石と青い水晶、鍵を身に付けて村を出た。
風の無い殺風景なその世界の中で、その先に待つ出来事を見据え、同じ力を持つ少女達は、世界の運命を強く見つめていた。
消える自然の先にいる機械と製作者が待つ、未知の場所へと。




