創造主の涙
目を閉じていても、嫌なほど分かる想いの強さに、レムはグッと下唇を噛んで耐えた。
何度も想いに引きずり込まれそうになりながら、エレナを信じて待ち続けた。
そして、長い長い耐久戦の末、レムは水晶に込められた意志に接触した。
目を閉じて真っ暗な世界にいたはずが、手品のように一瞬にして辺りが灰色の世界に変わった。
その世界の真ん中に、レムが探した想いがあった。
感覚でしか分からないその意志は、例えるなら白くて丸い球体に、黒い霧が時々薄っすらとかかっていた。
まるで機械達を表したかのような、黒と白に染まった意志は、レムが傍にいても動じなかった。
(とても悲しい…機械達と似ている心、でもこれは人間の意志…)
今まで触れてきた人間の心とは全く正反対なそれに、レムは困惑した。
クライの言っていた製作者が、もしこの心の持ち主だとしたら―。
『だぁれ?パパの傍にいるのはだぁれ?』
「えっ?えっと…私の名前はレムだよ、貴方は?」
突然空から降ってきた雨のように、幼い女の子の声が聞こえてきた。
その子の声に驚きながらも、レムは純粋に名前を教えた。
『ワタシは…サクラ、パパの一人娘、ママを見失った一人娘』
サクラと名乗った女の子は、そう付け足すとレムの前に姿を現した。
白が混じった桃色の髪に、まるで宝石のように輝く翡翠の瞳。
年齢はまだ十をいかないと思う容姿だった。
「こんにちはサクラ、貴方はなぜここにいるの?」
『…』
「貴方のパパって―」
『レムさん、貴方の想いはとっても純粋で、とっても愚か…でもワタシは貴方が好きになりました、すべてお答えします』
幼女にしては口調が大人びていたサクラは、目を丸くして首を傾げるレムに口を開いた。
『ワタシのパパは…機械達の製作者です、グラドといいます、パパはワタシとママをとても大切にしてくれました…でも、ワタシとママが事故で死んで、パパはとても悲しくて泣きました』
サクラの口から紡がれる過去に、レムの胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
目の前にいるサクラという子も、もう死後の世界の住人だった。
レムには、サクラから生きている頃の思い出が、時々見え隠れしているのが見えた。
暖かな家庭と、幸せな日常が永遠に続くと信じていた家族は、事故をきっかけに切り裂かれてしまった。
その光景と三人の心の叫びがレムを襲い、無意識に鍵を握った。
ほのかに熱を持っていた鍵に励まされ、レムは心を落ち着かせて再びサクラと向かい合った。
『パパはワタシとママを生き返らせようと、未知の力を探して旅したの、そして見つけたのが自然の力だった…』
「サクラのお父さん…グラドさんは二人の為に機械達を?」
『そうよ、パパは自然の力を手に入れようと、試行錯誤して機械達を作り出したの、心を持って自然と繋ぎ合わせ、専用のコードで力を奪っていったの、でも成功しなかった』
サクラの最後の言葉に、レムはクライの言っていた長を思い浮かべた。
もしかしたらそれは長のことを指しているのかもしれない。
支配を逃れようと、必死に抵抗して主人に逆らった機械の長が、心を奪われただの従順な機械と変貌を遂げてしまったことを。
『そしてパパは…っ!』
話を続けていたサクラに、突然異変が起きた。
しっかり見えていた幼女の姿は、ランプの光のようにチカチカと点滅しているように、現れたり消えたりしていた。
異変に気づいたレムは、サクラへ手を伸ばすが、寸前のところでサクラは姿を消してしまった。
混乱する頭を落ち着かせようとするが、治まる気配は全く無かった。
そして世界がグルリと一回転、二回転と回転し始め、不安定な足場に気持ち悪さを抱きながらも、レムは目を閉じて必死に耐えた。
唯一情報を得られる聴覚が敏感になり、あちこちから聞こえてくる声をすべて拾い上げていた。
男性の悲しげな嘆き、女性の悲鳴、機械達の怒りと怯えの声。
様々な声が混じりあい、ついにレムは耐え切れず気を失った。