表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/40

オーデルク大公城 1

 オーデルクに入ったフィリアス一行を市民たちはこぞって歓迎した。

 臣下のひとりが一足先にカジェーラの城を出立し、公子の帰還を知らせていたのだ。


 人々は笑いさざめき、馬上のフィリアスに手を振った。

 着飾った娘たちは、一行に向かって花を撒く。

 フィリアスは手を上げ、人々に応えた。

 あちこちでフィリアスの名前が呼ばれ、褒め称える声が沸き上がる。


「いかがですか? これがオーデルクの陽気で人懐っこい人々です。あなたが望めば、もうすぐこの歓声は、あなたのものになるのですよ」


 ナディルと並んで馬を進めるフィリアスが言った。


 人々に笑いながら手を振るフィリアスは、頼もしく、またとても美しかった。

 金の巻き毛がゆらゆらと風になびき、そのやさしげな双眸は高貴な宝石の紫色。

 娘たちが撒く薄紅の花びらは、彼の姿を間違いなく引き立てながら、その周囲に降り注ぐ。

 それはオーデルクの大通りの空を覆い、ナディルの周りにも心地よく舞った。


 オーデルクの人々から、こよなく愛され、慕われている公子。

 王位継承争いなどとは微塵も関係のない、のんびりとした明るい大公家。

 公子と婚姻を結び、大公家の一員となれば、何の不自由もない楽しげな生活が保証される。

 少なくとも、ナディル王女としてアーヴァーンに戻るよりは、あるいは翡翠のナディルとして、賞金稼ぎという不安定な仕事を続けることよりは、はるかに望ましく、満ち足りた未来になることは確実だった。

 

「断る理由がないんだよね……」


 ナディルは呟いた。


「え?」

 と、ナディルの頭の上で金の兜となっているガガが聞き返す。


「公子さまの申し出を断る理由。だって、理想的な相手だもの。外見だって、中身だって、彼に付随するいろいろな物だって」


「中身がガキってことが気にかかるけどな」


 ガガが言う。


「それも許容範囲内。この話を断ったら、きっともうこんなことはないよ。顔も見たことのないどこかの中年王族との縁談が来るか、当たり障りのない臣下と適当に娶わせられるか。それとも一生独身かな。もちろんそれは、アーヴァーンに帰ったらの話だけど」


「アーヴァーンに帰らないで、今まで通りずっと『翡翠のナディル』でいるっていうのも、ありだと思うけど?」


「そして、賞金稼ぎの誰かと結婚するの?」


 ナディルは、視界にぶらさがっているガガの前足に訊ねた。


「たとえば化け猫エリュースと。賞金稼ぎを続けていたら、遅かれ早かれ『翡翠のナディル』は、そのうち『化け猫エリュース』と対峙する時が必ず来る。そしたら、彼の本心を訊いてみればいいんだよ」


「訊かなくてもわかったよ。鏡が教えてくれたもの。あなたもエリュースのことはきっぱり忘れろって言ったじゃない」


「言ったけどさ……。何かしっくりしないな」


「気のせいだよ。現実をちゃんと認めなきゃ」


「でも、やっぱりナディルが本当に欲しいのは、アメジストじゃなくて、トパーズの目なんでしょう?」


「アメジストが何ですって?」


 フィリアスが、話に割り込んでくる。


「公子さまのアメジストの目が、とてもきれいだって話だよ」


 ガガが皮肉っぽく答えた。


「それはどうも。ナディルの翡翠の目もすばらしいですよ。もちろん、ガガくんのルビーの目もね」


 フィリアスが笑う。


「ナディル。城に着いたら、着替えてくださいね。早く美しいあなたを見せて自慢したいです。皆、びっくりしますよ」


「そりゃあ、するだろうさ」と、ガガが言ったときには、フィリアスは既に向きを変え、バルコニーに鈴なりの貴族の娘たちに手を振っていた。

 娘たちは頬を染め、公子の視線を独り占めしようと、必死に叫び声を上げている。


「もし彼の申し出を断って、それでもユーフェミアみたいに『いつまでもお待ちしますよ』なんてやさしく言われたら、結局受け入れざるを得なくなるよね……。彼は、鏡の中の妄想の虚像じゃない。ちゃんと実在する生身の人間なんだもの。そんな人に心のこもった言葉を投げかけられたら、やっぱり答えなければならない」


 ナディルは、自分に言い聞かせるように呟いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ