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君への手紙 ~そこに、君がいた。

掲載日:2026/10/28



 わたしには、幼なじみがいた。


 いちばん古い記憶は、教会の結婚式だった。彼はまるい頬を赤くして、小さな手で花の入ったかごをかかえていた。白いケープをはおって、きまじめな顔をして。


 フラワーボーイ。花嫁の前を歩いて、花をまく。


 わたしより一つ年下だった。一生懸命花をまいて、歩いていた。


 結婚する二人が並んで祭壇の前に立って、牧師である彼の父親が祝福している間、彼はきまじめな顔をくずさず、椅子に座ってかごを抱えていた。集まった人々が祝福の声をかけ、花婿と花嫁が教会の外に向かって歩き出す時、彼はまたかごをかかえて二人の前に立ち、花をまいた。


 全部終わったあと、かごの中を見ると、まだ花が残っていた。これ、どうするの? とたずねると、困ったような顔をして、どうしよう、と言った。通りかかった彼の兄と姉にたずねると、わからないけど、全部まいた方がいいよ、と言われた。


 じゃあ、まいてしまおう。そう言って、二人で人の少なくなった場所でまいた。実はちょっと、花まきしていた彼をうらやましく思っていたらしい他の子たちもやってきたので、みんなでまいた。まく花がなくなったら、落ちていた花を拾ってまたまいた。きゃっきゃと楽し気にしていた子どもたちを見て、何してるの、と言いつつ大人たちは笑った。楽しかった。



 小学校にあがるころ。両親に連れられて、日曜日には毎週、教会に通った。子どもの礼拝はおとなの礼拝より一時間早かった。大人の礼拝の間、子どもたちは暇になった。庭でかくれんぽをしたり、はじめの第一歩をしたり、探偵と泥棒をして遊んだ。まだ小さかった妹は、母に抱かれておとなの礼拝に連れていかれていた。


 雨の日は、子ども用の部屋で三角とりをしたり、聖書の言葉のかるたをした。本が好きだったわたしは、置いてある児童書を何冊も読んだ。庭に植えてある花の名前を教えてもらい、ひとつずつ覚える。春になると、雪柳の白い花びらがきれいで、風が吹くとはらはらと、本当の雪のように散るのを眺めた。


 彼はいつも、丸いほおを少し赤くして、ちょっと内気な感じだった。わたしたちはいつも、一緒に遊んだ。


 夏になると、暑くて仕方がなくて、庭で遊ぶのもつらくなった。彼の母親の牧師夫人が、おふろに水を入れてくれて、ここですずんだらよいと言ってくれた。水着をもっていって、二人で水風呂の中でばちゃばちゃした。


 父は教会で会計の仕事をしていて、日曜日はたいてい遅くなった。母と妹といっしょに父の仕事の終わるのを待った。六時までにはどうにか終わらせていたが、時に七時や八時になることがあった。そんな時はたまに、夕食をご一緒させていただいた。子どもが三人もいる家庭の食事をいただくのは申し訳ないと、お断りすることもあった。いただいた時にはあとになってから、母が食事の材料になりそうな野菜や肉類、卵などを差し入れしていた。


 父の仕事が終わるまで、古びたテレビの前でわたしと彼、妹は並んで、アニメやNHKの紀行番組などを見た。牧師と牧師夫人は、わたしと妹のことをかわいがってくれて、誕生日にはケーキと紅茶を用意してくれた。不二家のケーキ。クリームで作ったバラが乗っていた。みんなで切り分けて食べた。クリームのバラは、誕生日で主役となった人が食べることになっていた。


 紅茶に入れるとおいしいよ、と彼のお姉さんが教えてくれたので、入れてみたが、あまりおいしいと思えなかった。


 かわいがられただけでなく、悪さをした時には本気でしかられた。何かの折に、お菓子の入っていたビニールの袋があけられなくて、口で噛みついて開けたことがあった。その時に口の中にビニールが残ったので、道端にぺっと吐き出した。


 ゴミを道に捨ててはいけません!


 そばにいた牧師夫人に、厳しく叱られた。わたしは自分が口の中のものを道端に吐き出したことを、ゴミを捨てた、と意識していなかった。びっくりした。でもあらためて考えてみて、確かにゴミを道に捨てていた、と気が付かされた。吐き出したビニールのかけらを拾って、ゴミ箱を探して捨てにいった。


 あの時、本気で叱ってくれたことには、今でも感謝している。無意識にゴミを捨ててしまうこともあるのだと気づかされた。なあなあにして、大人があとで拾ったら良いみたいな対応をしておくほうが楽なのに、牧師夫人はしっかりと、いけないことは何なのかを教えてくれた。


 わたしたちは、大切にされていたのだ。


 牧師の家庭は、裕福ではない。彼や彼の兄姉の服装はいつも、誰かからの寄付やおさがりだった。牧師夫人は教会でピアノを教え、授業料を生活費の足しにしていた。


 彼もピアノを習っていた。小さな指でたどたどしく、ぽつん、ぽつんと弾いていた。


 クリスマスには、人生ゲームをした。小さな部品がなくなるのを防ぐために、このゲームをするのはクリスマスとお正月だけ、と決めてあった。時別なゲームをしているのだと思えて、どきどきした。子どもだけでは決して、触らせてもらえなかった。彼のお兄さんかお姉さんがいる時だけ、箱から出してゲームをすることができた。トランプや百人一首も同様で、子どもだけだとなくしてしまうから、と、年上のお兄さん、お姉さんがいる時だけ、遊ぶことができた。


 人生ゲームでルーレットを回すのは楽しかった。思いもよらない出来事が起きて、借金を背負ったり、もうけたり。きゃあきゃあ言って楽しんだ。トランプも、ダウトや51、神経衰弱、ばばぬきなど、同じゲームを何度も繰り返して遊んだ。


 百人一首はだいたい、ぼうずめくりだった。


 低学年から中学年になり、わたしたちは年を重ねた。その間、日曜日にははじめの第一歩をして遊び、三角取りなどをしていたが、わたしはやがて、ひとりで本を読むことが多くなった。彼は、教会にやってくる大人に連れられた子どもたちの面倒を見ていた。


 やがてわたしたちは大人の礼拝に出るようにと言われ、子どもの礼拝のあと、大人の礼拝にも出るようになった。彼のお姉さんは、礼拝の時にピアノをひくようになった。礼拝の時にひくピアノは、奏楽、というんだよ、と教えてもらった。


 わたしも彼も、背が伸びた。夏には日焼けして、冬にはおさがりのセーターでもこもこになった。母が編み物を習ってきて、マフラーを編んでくれた。わたしにも、妹にも、彼にも。


 わたしは家の近所の人に、ピアノを習った。牧師夫人に習おうという話もあったのだが、自分のピアノは自己流だから、音大で学んだ人に習った方が良いと言われた。バイエルを習い、なかなか上達せず、それでも続けていた。妹もピアノを習っていた。


 彼のピアノは、どうだったのだろうか。このころ、彼がひいているのを見た記憶がない。それでもお姉さんが礼拝でひいていたから、彼も練習は続けていたのではないかと思う。


 お兄さんもお姉さんも、運動神経が良かった。二人とも、お金のできるだけかからない高校に進学した。お姉さんはバスケットボールがうまくて、部活動で活躍したらしい。体育の教師の資格を取ったと後で聞いた。お兄さんの方は就職がうまくいかなくて、困っていた。最終的に、知り合いのつてをたどって仕事についたと聞いている。


 二人は年が離れていて、末っ子の彼はその分、内気な感じだった。ちょっと離れたところから顔をのぞかせてこちらを見ている。彼はいつも、そんな感じだった。


 お兄さんやお姉さんは上の学校に進学したり、就職したりして家を出た。教会で顔を合わせることが減った。それでもクリスマスとお正月には戻ってきたので、人生ゲームとトランプと、百人一首でぼうずめくりをするのは恒例になっていて、集まれば、楽しく遊んだ。


 中学生になって、いろいろとあった。


 わたしは部活動で人間関係がうまくいかなくて、ストレスを抱え込むようになった。


 彼はどうだったのだろうか。日曜日に顔を合わせるたびに、少し内気で、はにかむような笑みを見せてくれたが、あまり話さなくなっていた。


 中学二年の半ば。わたしたちの一家は他県に引っ越しをすることになり。お世話になった教会と、牧師と、牧師夫人と。彼と、彼のお兄さん、お姉さんとはお別れになった。


 新しい環境に慣れるのに精いっぱいだった。連絡は、とだえがちになった。毎年、クリスマスカードが送られてくるのに、返事を書くだけになっていった。


 何年かが過ぎた。長いようで、短いような日々だった。わたしは高校に進学し、妹も中学生になった。


 彼の話を聞いたのは、そのころだった。ひどいいじめにあって、高校を退学したのだという。


 どういうこと、と尋ねると、母がためらいがちに話してくれた。兄や姉と同じように、彼も運動神経が良かった。バスケットボールの腕を買われて、推薦入学で高校に入ったのだという。


 けれど、その学校は。仏教系の力の強い土地にあった。


 牧師の息子、ということで、彼はクラスの中で孤立した。この年代の少年たちは残酷だ。違和感のあるものは敵視するし、追い出しにかかる。まだそれほど、いじめの問題が大きく扱われていなかった時代だった。彼の精神には、相当な負担がかかったらしい。


 結局、高校を中退。そのあと、しばらく家にいたようだ。


 心の傷は、見えない。見えない分、痛みはずっと深くに残る。はにかみがちな笑みを見せていた彼を思った。心配だった。


 でも、何もできなかった。


 そのあと、彼がどうしていたのか、知らない。お姉さんが結婚するという話を聞いて、手紙を書いた。父も母も喜んでいた。彼のことを尋ねると、あのあと、別の学校に入って卒業したらしいよ、と話してくれた。それで少し安心した。


 でも、バスケットボールはもう、したくないと。そう言っていたと聞いた。


 お兄さんも結婚して、子どもが生まれたと聞いた。ただ、彼のことだけが。ほとんど話題に上がらなくなった。それでもピアノはひいている、と聞いた。


 そうか、と思った。


 何年かたって、妹が就職して家を出たころ。突然、彼がやってきた。


 久しぶり、と言って、はにかむように笑った。


 背が高くなり、骨っぽく、細くなっていた。少し肌が荒れていた。


 やせたね、というと、そうかな、と言って。うつむきがちに、ほほえんだ。


 父も母も驚いて、でも喜んで。元気にしていたのか、今はどうしているんだ、と尋ね。母は、おいしいもの食べさせてあげるわ、と騒いだ。


 彼はちょっと恥ずかしそうに顔を伏せて、すぐ帰らないといけないから、と言った。それに、胃の調子が悪くて。あまりものを食べられないんです、と。


 それから、ピアノを弾かせてください、と言った。


 ピアノの前に腰かけて、ぱらぱらと、鍵盤をたたいた。


 ぽつりぽつりと。雨が降るように。風が窓をたたくように。鍵盤をたたいた。


 やがて音が重なり、重なり。ぱらぱらと、だだだんと、ざあざあと。


 雨のように、波の音のように、風のうなりのように。音楽が満ちた。


 わたしは彼の姿を見ていた。後ろ姿を。


 細かった。やせていた。


 後ろから見ると、うなじに筋が見えた。腕が、時に力が入り。たわみ。指が動いた。


 ねえ、君。ねえ、君。


 どうしてそんなに、音で叫ぶの。


 ねえ、君。ねえ、君。


 何年も過ぎて、それでも。まだ、傷が残っているの。


 それでも音楽は、満ちていく。


 歌う。叫ぶ。泣いているかのように。それでもその先に、何か希望があるのだと。願うようにピアノが歌う。


 悔しいな、と思った。


 きらきらと輝く音、どうどうと泣くピアノ。


 わたしには、こんな音は出せない。


 やがて彼は、ひきおえた。ほう、と息をついて、やっぱりはにかんだような笑みを浮かべて。


 ちょっと頭をさげてそれから、帰ります、と言った。


 もう? と母が驚き、でも何か、何か、と言って。持たせるものをと。慌てて台所に走っていった。


 父は、何か言いたげな顔をして。そんなに急ぐのか、と尋ねた。


 彼は申し訳なさそうな顔をしてうつむいて。ピアノ、ひかせていただいて。ありがとうございます、と言った。


 こちらこそ、ありがとう、すごくよかった。素敵な音楽だった。わたしがそういうと、彼ははずかしそうな顔をして笑った。


 またおいで、今度はおいしいものを食べさせてあげるから。母が言って、父が、途中まで送る、と言った。


 彼は私を見て、軽く頭を下げて。


 何か、やりとげたみたいな顔をして笑って。


 出て行った。


 彼の姿を見たのは、それが最後だった。






 しばらくして、訃報が届いた。


 彼の死を知らせるものだった。


 父も母も、呆然としていた。まだ若かったのに。と母がつぶやいた。


 あんなに若かったのに。どうして。あんな良い子が。


 肝臓を、やられていたのだという。詳しいことはわからない。ただ、


 高校を退学したあと。傷は癒え切らなかったのだ。


 別の学校に入りなおして。それでも、心に傷が残った。


 ピアノに打ち込んで、アルバイトで夜のお店で弾くようになって。無理をした。


 身体がおかしいと気が付いた時には、手遅れだったのだという。


 知らせが届いた時にはもうすでに、葬儀は終わっていた。だからわたしたちは、葬儀には参列していない。亡くなった、という知らせだけを受け取った。


 だからだろうか。わたしには、彼がいなくなった、ということが。飲みこめなかった。


 どうかすると、まだ。どこかに彼がいるような気がする。


 今もどこかで、はにかんだような笑みを浮かべて。ピアノを弾いているような気がする。


 葬儀に出ていないから。彼の眠る顔を見ていないから。


 どこかに彼がいて、今も。ピアノを弾いているような気がしてならないのだ。


 ねえ、君。ねえ、君。


 楽しかったね。クリスマス。お正月。人生ゲームにトランプ。ぼうずめくり。


 ねえ、君。ねえ、君。


 きれいだったよ、君のピアノ。すごかった。聞かせてくれてありがとう。


 ねえ、君。


 どうして、うちに来たんだい。あの時。どうして。


 録音も何もしていなかったから、彼のピアノは、何も残らなかった。記憶の中からぽろぽろと零れ落ちて、今はどんな音色だったか思い出すこともできない。


 それでも、あの時。ひいてくれた音が。


 雨のようで。風のようで。うねる波のようで。


 心の叫びのようで。嘆きのようで。


 でも、その先に希望があると願っていた、そのようで。


 覚えている。それだけを、覚えている。



***



 何年かが過ぎて。今も時折、彼のことを思い出す。


 思い出せない彼のピアノを、どこかで思い出している。そんな気がする。


 ねえ、君。


 そちらの暮らしはどうですか。


 先日、母がそちらに行ったよ。出会えたかい。


 きっと、にぎやかに大騒ぎをして。やせすぎだと、君のことをしかったんじゃないか。


 君は、少しうつむきがちに。はにかんだ笑みを浮かべながら。母の相手をしてくれたんじゃないかな。


 ねえ、君。


 ご両親に、この間、お会いしたよ。


 君のお母さんは、髪が白くなって。でも元気そうだった。


 お父さんは、牧師を退職された。大きな声で笑う人だったけれど。体がひとまわり小さくなったように見えた。


 ねえ、君。時は過ぎてゆくんだね。


 会って、話したいね。


 君のピアノが、聞きたいよ。


 ねえ、君。ねえ、君。


 わたしはこちらで、なんとかやってるよ。君もどうか、元気で。



***



 時が過ぎたね。


 君のお父さんが、そちらに行ったよ。


 会えたかい。


 きっと、大きな声で。君の名前を呼んで。


 しっかり抱きしめてくれたんじゃないかな。


 ねえ、君。ねえ、君。


 わたしも具合が悪くなって、手術をしたんだ。


 でもまだ、こちらでやることがあるみたいだ。


 悪いね。会いに行くのが遅くなるけど、


 のんびり、待っていてくれるかい。


 ねえ、君。ねえ、君。


 今も、ピアノは弾いているかい……?




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