とある既視感
「そんなに心配しなくても私は大丈夫だよ!涼太くん。じゃあ行ってくるね」
夕日に照らされた住宅街の曲がり角。オレンジ色に染まる彼女の横顔を見た瞬間、涼太の脳内に強烈な既視感と、ある「記憶」がフラッシュバックした。
この景色、この街、そして目の前にいる幼馴染の彼女白比奈華音。
ここは…間違いない。ここは俺が前世で見た胸糞NTRアニメ『黄昏のディストピア』の世界だ。
そして俺は、何もできずにヒロインを奪われる悲惨な幼馴染・木皿涼太に転生している。
だが、転生しているというのは少し違うかもしれない記憶が断片的に戻ったというべきだろう。前世の記憶はあまり思い出せない。自分の名前すら出てこないし、融合に近い感覚だった。
しかし奇妙なことにアニメの内容だけは鮮明だった。
原作での涼太は、何も知らずに華音を見送り、部屋でただ彼女の帰りを待っていた。
華音はこれから、部活を無断欠席している後輩・結衣の家へ様子を見に行く。
しかし、そこに待っているのは結衣の彼氏である金髪の男・健吾だ。
健吾は言葉巧みに華音を室内に招き入れ、睡眠薬入りの紅茶を飲ませる。その後2人まとめて弄ぶ。そこからは思い出すだけで反吐が出る凌辱シーンが確定している。
前世の俺はそういうジャンルが好きだったのだろうか。涼太としての俺からするとあまりそのように考えたくはない。誰かに薦められたような、なかったような。
自分の記憶が完全に戻らないのがなぜなのか、よく分からないが、今はそんなことを考えている場合ではない。
この記憶があるのならこれからの悲惨な末路を変えることができる。涼太はそう思った。
そして焦りが全身を駆け巡る中で、涼太は深く呼吸をして、沸き上がる感情を理性で押さえ込んだ。
ここで「あそこにはチャラ男がいるから行くな!」などと、証拠もない未来の知識を口走るのは三流のやることだ。
何もしていない場合を考えると、警察を呼ぶのも得策ではない。
ただ不審に思われ、華音の信頼を失うだけ。俺はあくまで頼れる幼馴染であり彼氏として、合理的に彼女の危機を回避しなければならない。
「待ってくれ、華音」
俺は静かな、しかし有無を言わせぬ声で彼女を呼び止めた。
「涼太くん? どうしたの?」
「俺も一緒に行く。結衣は俺たちの部活の大切な後輩だ。部長であるお前だけに負担を背負わせるわけにはいかない。副部長の俺も同席するべきだ」
「でも……結衣ちゃん、女の子特有の悩みかもしれないし……」
「なら、俺はアパートの外で待機する。最近はこの辺りも日が暮れると物騒だ。お前一人で夜道を歩かせるのは、彼氏としても、一人の男としても見過ごせない」
真っ直ぐに彼女の目を見据えて告げる。
「涼太くんがそこまで言うなら……心強いよ、ありがとう」
華音は少しだけ頬を染め微笑みながら言った。
可愛い。彼女の黒髪のポニーテールが風で靡いている。こんなにも自分の彼女は可愛かったのかと涼太は思った。
こんなにも綺麗で純粋な子をアニメでは、あのような悲惨な目に合わせるのだから、人の心を捨てなければ見てはられないだろう。前世の俺はそうだったのかもしれないが。
そして、まずは第一段階クリアだ。俺が同行すれば、健吾が玄関先で華音を無理やり引きずり込むような物理的手段は防げる。
二人で歩きながら、涼太は頭の中で状況を整理し、最善の手を組み立てていた。
敵の目的は華音を密室に入れ、薬を飲ませることだ。ならば、華音を絶対に部屋に近づけさせなければいい。
結衣の住む家が見えてきた。俺は家から少し離れた、人通りのある明るいコンビニの前で足を止めた。
窓側をよく見ると誰かがこっちを覗いていたことに涼太は気づいた。
結衣の家族か?と涼太は思った。
その可能性は低いだろう。結衣に兄弟姉妹はいない。家族も家に帰ってくることは少ない。偶々帰ってきていたとしてもアニメの流れ的に…
「華音、お前はここで待っててくれ」
「えっ? でも、私が結衣ちゃんと話すんじゃ……」
「さっき結衣の部屋の窓を見たが、カーテンが閉まり切っていなかったし、誰かが窓から外を見ていた。おそらく、結衣の彼氏か誰かが来ている」
もちろん嘘だ。俺のメタ的な知識だが、もっともらしい理由をつけ涼太は華音にそう告げた。
「見知らぬ誰かがいる密室にお前一人を行かせるわけにはいかない。俺が先に行って、結衣本人の無事を確認してくる。もし話し合えそうなら、俺が結衣をここまで連れてくるから、この明るい場所で話そう」
「涼太くん……そこまで見てたんだ。わかった、無理しないでね」
少し強引な言い方だったかもしれないが華音は俺の気遣いに完全に納得してくれたみたいだ。
華音はコンビニのイートインスペースに腰を下ろした。これで華音の安全は確保された。俺が戻らない限り、彼女が自らあの部屋に行くことはないはずだ。
涼太は一人で玄関の前に立った。
インターホンを鳴らすと、ガチャリとドアが開く。
現れたのは、耳に大量のピアスを開けた長身で金髪の男、健吾だった。原作通り、気怠げで不気味な雰囲気を纏っている。
「……あ? 誰っすか」
「木皿涼太だ。結衣の部活の先輩だよ。結衣が部活を無断欠席しているから様子を見に来た。結衣を出してくれ」
涼太は一歩も引かず、健吾を鋭く睨み据えながら告げた。毅然とした態度で主導権を握る。
「あー、先輩さんね。結衣なら具合悪くて寝てるっすよ。帰ってくんない?」
「具合が悪いなら病院に連れて行くべきだ。それに、後輩の安否を確認せずに帰るわけにはいかない。結衣本人と顔を合わせられないなら、万が一を考えて今すぐここで警察を呼ぶが、いいか?」
涼太はポケットからスマホを取り出し、画面をタップして見せた。
健吾の眉がピクリと動いた。俺が一切の隙を見せず、法的な手段すら躊躇しない本気度を見せつけたことで、奴のペースを崩せたはずだ。
「……チッ、めんどくせぇ先輩だな。わかったよ、結衣なら奥のベッドで寝てる。別に俺は止めねぇから、勝手に見てくればいいんじゃね?」
健吾は不満げに舌打ちをし、ドアを大きく開けて道を譲った。
涼太は家のなかに入っていくのだった。




