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青の風の案内人 宙(そら)  作者: 浮世雲のジュン


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第七話 澪の水鏡

水の中には、

ときどき“本当の顔”が映ります。


見たくない顔も、

弱いところも、

理想の影も。


澪は、

その揺れを静かに見つめる人です。


寄り添うときも、

慰めるときも、

言葉を急がせない。


今夜の入口は、

“理想の自分”に追いかけられて

苦しくなった少年の前に開きました。


水の鏡が揺れるとき、

澪がどんな風に寄り添ったのか──

静かに見届けてください。


第七話 澪の水鏡

澪が現れたのは、閉館した水族館の前だった。

静かに立っているだけで、その場の「音のしない深さ」を自然に持っていた。


入口の向こうは、長い青いトンネルだった。

頭上も足元も水に囲まれている。けれど魚はいない。

代わりに、人の記憶だけが静かに泳いでいる。


トンネルの奥に、制服姿の少年が立っていた。

頭上の水に映っていたのは、彼自身によく似ているのに、

少し成績が良く、少し愛想がよく、少しだけ“ちゃんとしている”理想の影だった。


「ほんとの自分より、あっちのほうがいいんだって」

少年はそう言った。


えれんが「そんなことない」と言いかけたとき、澪が静かに首を振った。

「今、それを言うと遠い」


澪は少年の少し離れた位置に立つ。

話しかけない。慰めない。ただ、同じ方向を見上げる。

「私も」と、しばらくして澪が言った。

「水を見るのが、いやな時がある」

「映るから?」

「うん。見たくない顔も、弱いところも、全部」

「じゃあ、どうして見てるの」

「……逃げると、追ってくるから」


その言葉に、理想の影がゆらりと揺れた。

宙の青い風が流れこむと、影はすぐには消えず、少しずつ輪郭を失っていく。

完璧な像ではなく、ただの映り込みに戻っていく。


「消えないよ」と澪が言う。

「でも、本物にもなれない」


少年の足元の水面に、もうひとつの像が浮かんだ。

うまく笑えなくて、少し不器用で、でもちゃんと立っている“今の自分”の姿だった。


「……こっちのほうが、ましだな」

「ましで十分」と澪。


トンネルを出るころには、水族館の青は少しやわらいでいた。

澪は外の水たまりを見つめながら言う。

「少しだけ、楽になった」

寄り添うことは、ときどき自分も少し救うのだ。


理想の影は、

ときどき自分を追い詰めます。


“もっとできるはず”

“こうあるべきだった”

“あの影のほうが良い”


そんな影は、

消そうとすると濃くなり、

逃げると追ってきます。


澪は、

その影を否定しませんでした。


ただ、

“本物にはなれない”と

静かに教えただけです。


完璧な像より、

少し不器用で、

でもちゃんと立っている“今の自分”のほうが

ずっと呼吸がしやすい。


寄り添うことは、

ときどき自分の影も

少しだけ軽くするのだと思います。


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