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青の風の案内人 宙(そら)  作者: 浮世雲のジュン


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第二話 噴水の底の星あかり

青い風の入口をくぐった先には、

ときどき、現実よりも静かで、

心の奥に近い場所がある。


そこには、誰かが置き忘れた涙や、

言えなかった気持ちの影が沈んでいることがある。


今夜、そらが案内したのは、

“笑い方を忘れた子”がいる場所だった。


青い風が、どんなふうにその心に触れたのか──

その続きを、そっと見届けてほしい。


第二話 噴水の底の星あかり

青い通路の向こうは、夜よりも静かな場所だった。

止まった噴水はそのままなのに、水の代わりに青い光の粒が底へ沈んでいる。

空には星があるのに、その星は空からではなく、地面の下から光っていた。


「……きれい」

あくあが小さく言う。

「きれいだけど、少し泣いてるみたい」とえれんが珍しく静かな声を出す。


宙は噴水の底を見つめていた。

青の粒のあいだに、ひとつだけ色の違う影がある。


「いるね」

「誰が?」と私が問うと、宙は簡単に言った。

「笑い方を忘れた子」


噴水の底には、小さな遊園地みたいなものが沈んでいた。

観覧車は途中で止まり、メリーゴーラウンドは色をなくし、売店には誰もいない。

その真ん中に、十歳前後の少年がいた。

ベンチに座ったまま、地面を見ている。泣いてもいないし、怒ってもいない。

ただ、何も感じないように見せることに慣れてしまった顔だった。


「こんばんは」とえれんが声をかける。

返事はない。

「じゃあ、嫌いだった乗り物でいいよ。私はコーヒーカップ。酔うから」

「それ、遊園地に対する失礼じゃない?」と私が言う。

「いいの。今は親しみが大事」


そのやりとりに、少年の口元がごくわずかに揺れた。

宙はそれを見逃さなかった。

青い風を噴水の底へそっと流しこむ。

すると、止まっていた観覧車が、きい……とゆっくり動き出した。

メリーゴーラウンドの木馬に、少しずつ色が戻る。


少年は、また、楽しかったって思ったらだめだと思っていた、と言った。

誰かと一緒に笑った日の景色が、今は“なくした証拠”みたいになっていたのだ。


「だめじゃないよ」とえれんが言う。

「楽しかった日は、なくならないし」

「なくならない」と、宙もくり返す。

「思い出しても、裏切りにはならない」


やがて少年の頬を一筋の涙が落ちた。

大きな声は出ない。劇的な奇跡も起きない。

ただ、止まっていた観覧車が一周だけ回りきり、噴水の底の星あかりが、少しだけ明るくなる。


「……おれ、ここ、好きだった」

「うん」と宙が言う。

「また来てもいい?」

「何度でも」


帰り道、えれんが胸を張る。

「どう? 私のコーヒーカップ理論」

「理論だったのか、あれ」

あくあは少し笑ってから、静かに言った。

「でも、あれが最初のひびだった」


宙がうれしそうにうなずく。

「笑いって、風と似てるからね」

「軽く入って、深く残る?」

「そう。それで、少しだけ世界の硬いところをゆるめる」


通路の先に、現実の駅前の灯りが見えた。

夜はまだ夜のままだった。

それでも、噴水の底には、きっと今もひとつ、星あかりが残っている。


噴水の底に沈んでいたのは、

失われた遊び場ではなく、

“もう一度笑いたい”という小さな願いだったのかもしれません。


そらは、誰かの心に無理やり光を入れたりしません。

ただ、その人が自分で思い出せるように、

そっと風を置いていくだけです。


観覧車が一周したのは、奇跡ではなく、

その子が「また好きだった」と思えた証でした。


青い風は、今日もどこかで

小さな星あかりを揺らしているのだと思います。


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