第二十話 また呼んで、心が曇ったら
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
この最終章は、物語の終わりではなく、
ひとつの呼吸の区切りとして書かれました。
世界は一晩で変わりません。
それでも、誰かの心のそばに
そっと席を残しておくことはできます。
青い風が、あなたの夜にも
静かに吹きますように。
第二十話 また呼んで、心が曇ったら
夏の終わりの手前、町は少しだけやさしい顔をしていた。
劇的に何かが変わったわけではない。
ニュースは相変わらず騒がしい。世界のどこかでは、今日も誰かが傷ついているかもしれない。
それでも、駅前の噴水では子どもが笑っていた。
商店街には、久しぶりに開いた店の灯りがあった。
公園のベンチでは、老人が水筒に麦茶を入れていた。
世界は一晩で変わらない。でも、呼吸の通り道は、少しずつ増えていく。
その夜、私たちはもう一度、七人目の席の部屋へ集まった。
丸いテーブル。青い灯り。湯気の立つお茶。そして、あの空いていた一席。
「これで終わり?」と雫が聞く。
宙は少し考えてから、首を横に振る。
「終わりじゃない。ひと区切り」
「ねえ、あくあ」
えれんがビスケットに手を伸ばしながら、何でもないみたいに言った。
「このあと、帰り道、川のほう歩かない?」
あくあが、一瞬だけ本気で息を止めたのが分かった。
でも彼女はちゃんと、静かな声で答える。
「……うん、いいよ」
雫は澪のほうを見てにこっと笑う。
「澪ちゃん、今日は歌わないの?」
澪は少しだけ目をそらし、それから小さく答える。
「……あとで」
「じゃあ聞く」と雫。
宙が立ち上がる。
青い風が、部屋の中をひとまわりする。
テーブルの湯気を揺らし、青い灯りをふるわせ、空いた席の背もたれをやさしく撫でる。
「また呼んで」と宙が言う。
「心が曇ったら、わらわら行くから」
「軽いな」と私が言う。
「でも本気」とえれん。
「うん」と雫。
「ええ」とみか。
澪も小さくうなずき、あくあは静かな目で宙を見る。
宙の輪郭が、少しずつ青い風へほどけていく。
肩が光になり、指先が夜へまじり、最後に声だけが残る。
「すー……はー……青の呼吸だよ」
私たちは、自然に息を吸った。
青い風が、空いた席のところでひとつ揺れる。
そこには誰もいない。けれど、たしかに“これから来る誰か”の気配があった。
いつかまた、心の曇る夜に、この席へ座りに来る誰か。
あるいは、まだ見ぬ続編のはじまりそのもの。
窓の外には何も見えない。
けれど確かに、青い風の揺れだけが、長く、静かに残っていた。
あとがき
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
この物語で描きたかったのは、大きな力で世界を変えることではなく、
傷ついた心のそばに、そっと席を残しておくことでした。
泣けない夜。笑えない朝。怒りが強すぎる日。遠い国の悲しみが、自分の胸にも重く落ちてくるとき。
そんなときでも、人はまだ、呼吸を思い出せるかもしれない。見捨てずにいられるかもしれない。
誰かを大切に思うほうを選べるかもしれない。
宙たちは、その小さな希望のために生まれました。
そしてこの物語は、読んでくださったあなたがいて、はじめて最後まで歩くことができました。
心から、ありがとうございます。
もしあなたの夜が少し曇ることがあったら、どうか無理に明るくなろうとしなくて大丈夫です。
まずは、ひとつ息をしてみてください。
すー……はー……。
その呼吸のそばに、青い風はきっと来ます。
そして、もしかしたら――まだ語られていない別の入口が、どこかで、そっと揺れているかもしれません。
あなたが読んでくれたことで、この物語は最後まで歩くことができました。
心から、ありがとうございました。
宙たちの夜を、どう感じていただけたでしょうか。
青い風の小さな働きが、あなたの胸にもそっと届いていたら嬉しいです。
ここから先は、彼らがそれぞれの道を歩いていく時間です。
えれんも、あくあも、雫も、みかも、澪も──
きっともう、独り立ちできるはずです。たぶん。笑
そして私は、また新しい入口を探しに行きます。
続編を用意しなくちゃいけませんね。笑笑
もしあなたの夜が少し曇ることがあったら、
どうか無理に明るくならなくて大丈夫です。
まずは、ひとつ息をしてみてください。
すー……はー……。
その呼吸のそばに、青い風はきっと来ます。
またいつか、別の入口でお会いできますように。




