第十四話 ジュンの見えない闇
誰かの痛みに寄り添っていると、
自分の痛みは後回しになります。
気づかないふりをしたり、
大丈夫なふりをしたり、
“まだいける”と自分に言い聞かせたり。
でも、心の奥にたまった霧は、
静かに広がっていきます。
今夜の入口は、
語り手である“私自身”の部屋に開きました。
見えなくなっていた闇と、
見えなくなっていた“つづき”を、
仲間たちがそっと照らしてくれます。
静かに読んでみてください、染みます。
第十四話 ジュンの見えない闇
人の闇ばかり見ていると、自分の闇は見えにくくなる。
それに気づいたのは、たぶんみんなのほうが先だった。
その日、私は朝から妙に疲れていた。
体が重いというより、心の中に薄い霧がたまっていて、何を見ても少しだけ遠い。
けれどたいていの大人は、そういうのを放っておく。
駅前のベンチで宙に会ったとき、彼は開口一番に言った。
「今日は、君の番だね」
「何が」
「入口」
私は笑ってごまかそうとした。けれど、みかが静かに首を振る。
「ごまかし方が、いつもより雑です」
雫も、やさしく呼んだ。
「ジュンさん、ちゃんと眠れてますか」
入口は、私の部屋に開いた。
向こう側は、私の部屋によく似ていた。
でも本棚の本は全部題名が消えていて、机の上の紙は真っ白で、
窓の向こうには、夜ではなく“なにもない色”が広がっていた。
「……昔より、何かを始めるのに時間がかかる気がしてさ」
言葉にしてしまうと、案外みじめだった。けれど、言った瞬間に少しだけ息がしやすくなった。
「体力とか、気持ちとか、そういうの全部。若いころみたいに勢いで行けないし、
かといって諦めるほど老けてもいない。中途半端なんだよ。
夢を見たいのに、自分で笑いそうになるときがある」
えれんがぽつりと言う。
「それ、中途半端じゃなくて、ちゃんと大人ってことじゃない?」
みかもうなずく。
「若いって、光だけじゃなくて、見えないことも多いから」
雫が白い紙を一枚手に取った。
そこには何も書かれていないはずなのに、淡い文字が浮かび上がる。
まだ遅くない。
澪が窓のほうへ歩いていく。
なにもない色の向こうに、これまでの夜の断片が映っていた。
青い通路。紙飛行機。空色ポスト。雨の待合室。麦茶。七人目の席。
「あなた、自分では見えなくなってるだけで、もうだいぶ先まで来てる」
澪の言葉は静かだった。だからこそ、変に飾らずに届いた。
あくあが本棚の前に立つ。
消えていた題名に、少しずつ文字が戻る。
風。海。灯。青。約束。未完。
最後の一冊に、やがて題名が浮かぶ。
つづき。
それを見て、私は少しだけ目を閉じた。
怖かったのは老いそのものじゃない。
「もう、つづきがない」と思ってしまうことだったのだ。
人の闇ばかり見ていると、
自分の闇は見えにくくなります。
疲れやすくなったり、
始めるまでに時間がかかったり、
夢を見たいのに笑ってしまいそうになったり。
それは弱さではなく、
“生きてきた時間の重さ”です。
仲間たちは、
あなたの闇を否定しませんでした。
みかはごまかしを見抜き、
雫は眠りを気づかい、
澪は進んできた道を示し、
あくあは消えた題名に文字を戻し、
えれんは「それ、ちゃんと大人」と言いました。
最後に浮かび上がった題名は、
つづき。
怖かったのは老いではなく、
“もう続かない”と思ってしまうこと。
でも、
あなたの物語はまだ続いています。
これからも続いていきます。




