第十話 七人目の席
物語には、ときどき
“まだ誰も座っていない席”が置かれることがあります。
それは、仲間のためでも、
過去の誰かのためでもなく、
いつかこの物語のそばへ来る人のための席。
今夜の入口は、
これまで救ってきた小さな灯りが
ひとつの食卓に集まる場所でした。
七つ目の椅子が示すものを、
静かに見届けてください。
第十話 七人目の席
七人目の席は、最初からそこにあった。
その夜の異界は、ひとつの小さな食卓のある部屋だった。
丸いテーブル。星あかりのような青い灯り。
椅子が七つ。私たちは六人。宙を入れて、七人。
なのに、どう数えても、ひとつ空いている。
テーブルの上には、これまで私たちが救ってきた小さな気配が、湯気のように浮かんでいた。
噴水の底の星あかり。雨の待合室の白い封筒。水鏡の前のため息。公園の麦茶。
商店街の手紙。そういうものが、食卓の真ん中に静かに集まっている。
「これ、みんなの“戻ってきたもの”だ」と私が言う。
「うん。失ったものじゃなくて、戻ってきた呼吸」と宙が答える。
「誰の席だろう」と雫が言う。
しばらくの沈黙のあと、彼女はぽつりと言った。
「読む人の席かもしれない」
その一言で、部屋の空気がすっと静かになった。
ここは仲間だけの場所ではなく、いつかこの物語のそばへ来た誰かが、
そっと座れるように残された席でもあるのだ。
そのとき、部屋の外から遠いざわめきが聞こえた。
風の音にしては重く、海鳴りにしては痛みが混じっている。
世界のどこかで、まだ争いが続いている気配だった。
「遠くの曇りが、こっちにも来る」と宙が言う。
「止められるのか」と私。
「全部は、すぐには無理。それでも、席をなくさない」
その言葉は、戦うためのものではなかった。けれど、たしかに強かった。
「怒りで埋めない。恐れで閉じない。誰かが戻ってこられる席を、世界に少しずつ増やす」
私たちはその夜、小さく笑い合った。
その笑いは小さかったけれど、争いの反対側にある音だった。
七人目の席は、
“読んでくれる人”のために空けられていました。
失われたものではなく、
戻ってきた呼吸。
消えたものではなく、
もう一度灯った小さな灯り。
争いの反対側にある笑いは、
大きな力ではないけれど、
誰かが帰ってこられる席を
そっと守る力になります。
この物語が、
あなたの心のどこかに
小さな席を残せていますように。




