第九話 商店街の空色ポスト
伝えられなかった言葉は、
ときどき胸の奥で
静かに行き場を失います。
謝れなかった一文。
渡せなかった手紙。
言えなかった「好き」や「ごめん」。
その夜の入口は、
そんな“宛先のない気持ち”が
そっと集まる場所に開きました。
空色のポストは、
過去を取り戻すためのものではなく、
心が壊れないように
言葉を置いておくための場所。
仲間たちがそれぞれの力を持ち寄ったとき、
どんな風が吹いたのか──
静かに見届けてください。
第九話 商店街の空色ポスト
夏の入り口の朝、商店街の真ん中に、見覚えのないポストが立っていた。
古い丸ポストに似ているのに、赤ではなく、空の色をうすく混ぜたような青だった。
入口の向こうの商店街は、朝とも夕方ともつかない、不思議な時間だった。
店先には誰もいない。けれど窓の内側には生活の断片がある。
その真ん中に、空色のポストだけがやけにはっきりしていた。
ポストの足元には、何通もの封筒が散らばっていた。
孫に書きかけた手紙。謝れなかった友だちへの一文。若い頃の自分へ宛てた言葉。
出すには遅すぎると思ってしまった気持ち。
やがて、子どもと老婦人と高校生が現れる。
知らないはずなのに、全員どこか同じ“宛先のなさ”を抱えた顔をしていた。
「この町で、伝えられなかった人たち」と澪が言う。
宙がポストの前に立った。
「戦争じゃなくても、世界はすぐに分かれちゃうからね」
私たちは、それぞれポストの前に立つ。
あくあは、水のように散った言葉の流れを読む。
澪は、強すぎる反射を静める。
雫は、言葉にならなかった雫を集める。
みかは、届いても傷にならない温度へ整える。
えれんは、重くなりすぎた空気に息の通り道を作る。
私は、その全部が起きるのを、ちゃんと目に焼きつける。
宙は青の風になって、ポストの中へ入っていった。
すると、空色のポストの口が、すっと開いた。
中から手紙が舞い上がる。けれどそれは紙ではなく、光の文だった。
「ごめんね」
「ありがとう」
「元気でいて」
「ほんとは、好きだった」
「先に怒ってごめん」
短い言葉ばかりだった。けれど、それで十分だった。
大事なことは、たいてい長くない。
商店街を出るころには、ポストはもう消えていた。
ただ、朝の光が、少しだけやさしい青を含んで見えた。
言葉は、
届かなくても消えません。
遅すぎたと思ってしまった気持ちも、
宛先を失った手紙も、
胸の奥で静かに灯りつづけています。
空色のポストが開いたのは、
その灯りを無理に手放すためではなく、
そっと形にして
心の外へ置いておくためでした。
大事な言葉は、
たいてい短くて、
たいてい遅れてしまうものです。
それでも、
「ありがとう」や「ごめんね」が
光の文になって舞い上がったとき、
朝の光が少しだけ青く見えたのは、
きっと誰かの心が
ほんの少し軽くなったからだと思います。
ここまで、読んで頂き感謝です。ありがとうございます。




