砂の大地
今の中央六華国の原形。
七百年前、記録にある西の国々の中で最大の版図を手にした国家。
その国家の名をアルメキア帝国といった。
カロリング魔導国は元々はアルメキア帝国の一機関だったという。
アルメキア帝国の興りに深く関与し、功績を最も上げた
魔法使いゲヘル・カロリングは褒美として領地を希望する。
ゲヘルが希望したのは魔物だらけで人の入り込めぬ南の樹海。
領地などとは決して呼べるような場所ではない。
ゲヘルの提案を陰であざ笑う者こそいたが誰も反対する者はなかった。
その地でゲヘルは魔法大学を創設し、初めての学長に就任する。
それがカロリング魔導大学の創設の経緯である。
現在その樹海は存在せず、見渡す限りの砂の大地が広がる。
五百年前、瘴気の魔物の厄災が起こり、
魔導国に侵略してきた瘴気の魔物とポテン・リークハインの交戦の結果、
樹海はほぼ消失し、現在の砂漠の姿になったという。
やがてその砂漠にはサンドワームという巨大で強力な魔物が住み着くことになる。
そのため魔導国への行き来が限定されることになった。
嘘か、真か、目の前の猫の獣人の話によれば俺たちの目の前に広がる砂漠は、
そういう経緯のもと生み出されたらしい。
「そんなわけで現在の魔導国は実質鎖国みたいな感じになってますにゃ」
俺たちの前で一匹の直立の猫が身振り手振りで説明してくる。
俺たちに語り掛けてくる猫の獣人はニャキータという。
普通の猫と違うのはしゃべれるということと二足歩行なところだろうか。
俺は以前のいた世界の長靴をはいた猫を思い出していた。
最もこちらの世界ではそれほど珍しくはないようだが。
「空路で魔導国に向かうのは王族や貴族の子弟ぐらいですにゃ。
一般の商人や観光客はガイドを雇って数日かけて陸路をつかいますにゃ。
見ててくださいにゃ」
ニャキータは人間の拳ほどの石を思い切り砂漠に向けて投げる。
石は飛ぶと音もなく砂漠の地に落ちる。
次の瞬間、サンドワームの巨体が地響きと共にその石の落ちた砂の上を翻る。
「「おおお」」
俺とセリアはそれをみて歓声を上げる。
サンドワームは想像していたよりもずっと大きい。
小さな家なら丸ごと飲み込むことのできそうな大きさである。
オズマは黙って何やら品定めするようにそれを見ていた。
「昼間はこのように足音を少したてただけでサンドワームが襲ってきますにゃ。
移動をするなら奴らの襲ってこない夜間だけとなりますにゃ。
いくつかのチェックポイントを経由して魔導国まで進みますにゃ」
「サンドワームはここまではやってこないんだな」
ここで黙っていたオズマがニャキータに質問を投げる。
「偉い学者様の話では地層や気脈の違いで、
ここまではやってこれないという話ですにゃ。
だからこんな近くに街ができてるんですにゃ」
近くの街を指さしながらニャキータ。
ライラックの街での出来事を思い出す。
確かにあんな巨大生物に人間の街が襲われたらひとたまりもない。
「それに少し進めば右も左も砂漠でどこを歩いているかわからなくなりますにゃ。
しかも日のあるうちに待避所にたどり着かなければ
灼熱の砂の上、太陽の下で干からびるか、
サンドワームに食べられるしかなくなりますのにゃ。
今なら金貨十枚のところ特別サービスで七枚にまけておきますにゃ」
ニャキータがもみ手で語りかけてくる。
「…少し仲間と相談したい」
「お好きにですにゃ」
俺は経験上こういう相手に二つ返事で受けるのはよくないと旅で学んだ。
俺たち三人はニャキータから少し離れると固まり、
声を低くして二人に問いかける。
「あの猫の獣人信頼できそうか?」
「全く。何やら隠している臭いがします。用心したほうがいいかと」
「悪い人ではないけど、抜け目がなさそう」
「だよなあ」
俺は二人の評価に苦笑いを浮かべる。
ニャキータは悪人には見えないが、どこか信用できない感じがする。
「空路は一人当たり金貨十五枚。財布に余裕はあるし、空路を選ぶのは問題ない。
二人の意見は?」
俺はセリアとオズマに意見を求める。
三人だから空路では四十五枚必要だということになる。
かなりのぼったくりの値段である。
それだけあれば普通の人間なら一年は遊んで暮らせる値段である。
話に聞くところによれば魔導国は物価がかなり高いらしいので、
できる限り出費は抑えたいところではあるが、それ以上に面倒事は避けたいところだ。
俺ならある手段を使えば空を飛べることは飛べるが、
ちょっと特殊だしあまり目立ちたくはない。
「…空路を提案してくれた人たちからちょっと嫌な感じがした」
セリアがぼそっとつぶやく。
「たしかに…」
セリアはその恵まれた容姿により様々な感情を向けられてきた。
そのため自身に対する害意を含んだ感情には人一倍敏感である。
俺もまた業者からはこちらを値踏みするような嫌な視線を感じ取っていた。
空の上という完全な密室で悪意をむき出しにされる可能性も十分にありうる。
もっとも俺たちならどうとでも対処はできるが。
「いいでしょうか?」
俺が考えているとオズマが声を上げる。
「オズマ?」
「良ければ陸路で行きたいのですが」
珍しくオズマが要望を伝えてきた。
オズマの背中には新しく手に入れた槍があった。
昨夜、ヴィズンから出来上がったと渡された槍である
それからオズマは態度には出してないものの、そわそわしていた。
おそらく試し斬り?をしたいのだろうと容易に想像がつく。
「…セリアは陸路で構わない?」
「うん」
こうして俺たちは砂漠越えを陸路で行くことに決定した。
出発の前夜の話だ。
星の下、砂漠を見つめながら想いを馳せる。
明日の夜にはこの街を立つ。
ここまで来るのに一年半以上。随分と時間がかかった。
『極北』の地からセリアとであったのは
『極北』の魔族と戦い、その案内人としてオズマが来た。
エリス、クラスタ、アタ、ハルカという仲間たちと出会えた。
『極北』の魔神と衝突し、女神パールファダとも戦った。
プラナッタ王国では『侵略者』(インベーダー)を退けたし、
ゼームスとかいう奇妙な冒険者とも出会った。
すべての出来事がもうずっと昔のことのようにすら思える。
五感は徐々に失われている感じがする。
同時に死が自分の身に少しづつ近づいているのを感じる。
今はそれぞれがそれぞれの目的を持ち、それに向かって歩んでいる。
去っていく皆の背中を見送るだけの俺にはそれがとてもまぶしく思えた。
自分は残された時間でこの世界で何ができるだろうか。何を残せるだろうか。
そんなことを考えていると背後から見知った気配が近づいてくる。
「何を考えているの?」
「ここまでようやくきたんだなと」
「…ここまでいろいろあったね」
セリアは俺の横に腰を下ろす。
「ユウは私を送り届けてからどうするつもりなの?」
「んー、特に考えてないけど、とりあえず竜王国に行ってみようかなと。
実を言うと前からちょっと行ってみたいと思ってたんだ」
ブリオンたちも気になるが、今探しても見つからない気がする。
あのゼームスたちにも気づかれない相手なのだ。
それにゼームスには話すべきことは全て話している。
なら後悔しないように今のうちにやりたいことをやっておく。
竜騎士たちからは以前の住んでいた場所に近いものを感じ取れた。
自然、竜王国に興味が湧いた。そこには懐かしさもあるんだと思う。
ただただ自分がこの世界から消える前に、一度行って見てみたかった。
「…私も行きたいな」
セリアが立ち上がる。
「…魔導国を見てからだな。そのためにここまで来たんだし」
「…ユウ、ここまで連れてきてくれてありがとう」
セリアが俺に対してまぶしいほどの笑みかけてくる。
「こちらこそ」
その言葉は自然と出てきた。
「どうしてユウが私にお礼をいうの?」
「なんでもだ」
俺も心の底からセリアに対して感謝している。
セリアと出会わなければ魔族の力に溺れるか振り回されるかして、
ろくでもないことになっていただろう。
彼女がいたことでまだ俺は人の心でいられる。
「変なの」
「まあな」
二人の静かな夜は更けていった。




