chapter.1 魔法少女の中の人
ビルの屋上から見る光景は、いつもと同じようでどこか違う。
普段は真下から見ているものを俯瞰しているからか、それとも、全く気の合わない正体不明の男と一緒に魔法少女に変身し、あまつさえ魔物まで倒してしまったからなのか。
驚異的な身体能力は、まさに《魔法少女キュアキュア》のそれで、華奢な少女の姿であるはずなのに魔物に確実にダメージを入れられるくらいには強烈だった。
真っ暗になった空の下、伊織は腕に嵌まったままの《ステラ・ウォッチ》に目をやった。
一見単なるスマートウォッチだが、明らかにそれとは違うと思い知らされた。これは間違いなく魔法少女になるための変身アイテムだったのだ。
「それにしても、どうしよう……。これ、間違いなく女の子だよね?」
細い手足、小さな手。控え目に膨らんだ胸とくびれた腰。肩出しヘソ出しの衣装は、やたらと女の子らしさを強調させているようにも見える。加えて、パニエと呼ばれる幾重にも重なったふわふわのスカートと、緩いウェーブを描く長いツインテールが魔法少女っぽさを醸し出している。
一体誰の趣味なのか。緑川瑠璃絵――まさか、魔法少女は好きかと尋ねてきた、彼女の。
「間違いなく女子の身体だ。俺達は本物の魔法少女になったんだ」
もう一人の彼女が言う。
「間違いなく?」
「胸もパンツの中も触って確かめた。間違いない」
「はぁ? パンツに手ぇ突っ込んだのかよ!」
「突っ込んでみないと分かんないだろ、本物かどうかなんて!」
「変態……」
「変態? 自分の身体を自分で触って確かめただけなのに変態だなんて、心外だな」
相手は金髪ポニーテールの、スラッと背の高い綺麗系魔法少女だ。
伊織がふわふわとした可愛い系の衣装なのに対して、彼女の衣装は黒いこともあってか。全体的に引き締まって見える。身体の線を強調させた黒いスパッツの上から捲かれたスカートが特に印象的で、裾を縁取るピンクのレースがさりげなく可愛さを演出している。
伊織と確実に違うのは、相手は巨乳だということ。わざわざ谷間を強調するかのように胸の一部が露出したデザイン。可愛いが、エロい。
その彼女の口から出てくる、容姿とは掛け離れた会話の内容に、伊織の頭はどうにかなりそうだった。
「こんなエロボディが手に入ったのに、ちんこ消えるとか、何かのバグだろ」
「女の子の身体にちんこは要らないって。なんで両方求めんの」
変なやつだと、《キュアキュアStore》で見掛けた時から思っていたが、どうやら直感は間違いなかったらしい。
その、見掛けだけは綺麗系美少女になった彼が、何故かしら前のめりになって、伊織の全身を上から下まで舐めるように見つめてくる。ふぅんと目を細めつつ距離を縮めてくる気持ち悪さに、伊織はブルッと全身を震わせた。
「お前……可愛いな」
全身の血がさぁっと引いていく。
「き、キモっ!! なんだ急に!!」
「可愛い。ピンクキュアとして完成度高いと思うぜ」
「は……はぁ?!」
「胸小さめだな。Aカップ?」
「し、知らねぇし!!」
胸に手が伸びてきたことに気が付いて、伊織は大急ぎで胸を隠し、相手に背を向けた。
「良いじゃん。減るもんじゃないし。女の胸触るのはNGかもだけど、お前、中身は男だろ」
「そういう問題じゃないって!! 同性でも異性でも、胸はダメに決まってるだろ……!! この、変態っ!!」
「言われて怯むとでも思ってんのか? 童貞には分からないかも知れないけどな、美少女からの変態コールはご褒美なんだよ」
ご褒美であってたまるかと、伊織は思いっ切り足を蹴り上げた。が、サッと相手は攻撃を躱し、にへらにへらと笑っている。
最悪だ。
よりによって一緒に魔法少女をすることになったのが、偶々一緒に電車に乗り合わせただけの、これまで全く絡みのなかったあの変態サラリーマンだなんて。
「――そこまでにしなさい」
よく通る低い女の声がして、伊織と彼は動きを止めた。
通用口から現れたのは、緑川瑠璃絵。伊織達に《ステラ・ウォッチ》を与えた、その人だった。
「これから末永く活躍するんだから、仲良くして貰いたい。特に渚、それでは円谷少年が萎縮する。大人らしい立ち居振る舞いをお願い出来るかな」
彼女と行動を共にしていたはずの部下らしき男達の姿はない。どうにかしてビルの屋上にいることを突き止めてここまでやって来た……らしい。一体どういう裏技を使ったのかと思いながらも、深入りし過ぎると危険な予感がして、伊織は言葉をグッと飲み込んだ。
「大人らしい? さぁ、そんなものは知らないね。それより、どうしたら元に戻れる? 俺の荷物はどこに消えた? 今日入手したアクスタ、消えたら困るんだけど」
注意されたにもかかわらず、渚はふんぞり返って緑川に悪態をついている。
常識がない。
共に変身した渚健太郎に対する伊織の評価は低い。
「そう焦るな、渚。《ステラ・ウォッチ》のサイドボタンを長押しした状態で“リストア”と言えば良い。君達の声に反応し、魔法少女の状態から元の状態へと簡単に戻れるはずだ」
「ホントですか?!」
聞くやいなや、伊織はパッと表情を明るくして、早速《ステラ・ウォッチ》のサイドボタンを長押しした。