chapter.6 探る
ティンクルの決定的な一言に、健太郎は思わずニタァと頬を緩めた。
「やっぱりな。緑川女史には何かある」
「あったとしても、博士は潔白だよ」
伸びきった黒うさぎのブリンクの体を撫でながら、白うさぎのティンクルは健太郎にきっぱりと言い返した。
「潔白? 自身の情報も探らせないクセに、彼女が潔白だと断言出来るのは何故だ。根拠は?」
「博士の行動は、全てエンジェルステラに通じてるの。やましいことなんて何にもしていない。あんな態度だから、誤解されがちだけど」
床に転げたブリンクをティンクルが数回撫でると、ブリンクはブルブルッと体を震わせて、そのままパンと弾け飛ぶように姿を消した。かと思うと、また健太郎の《ステラ・ウォッチ》がぱぁっと光って、そこから元通りの姿になったブリンクが現れる。
「博士のパーソナルデータは、ホストコンピューターと接続されているあらゆる機器に保存されていないってだけ! 仕事用のパソコンには、仕事のデータしか入れてないってこと。アナログで保管している個人情報まで、おれ達は感知出来ないんだよ」
「それって、緑川所長の素性を、誰も知らないってこと……?」
恐る恐る伊織が言うと、ブリンクは口を尖らせ言い辛そうに話を続けた。
「生年月日と住所は記録されているけれど、ホープクリエイター入社前の記録は分からない。当時、履歴書は全部紙ベースだったから、そこには何か記載されていたかもしれないけれど」
「まぁ、採用の過程がどうだったかなんて、今更分かりっこないだろう。少なくとも女史はラボの立ち上げに最初から関わっていたのは事実みたいだけどな」
フンッと顎を突き上げ、健太郎はブリンクとティンクルを睨み付けた。
「ラボの公式サイトには個人名は一切掲載していなかったから、親会社のホープクリエイターのサイトから、プレスリリースを辿ったんだ。五年前、ホープクリエイターは研究部門としてエンジェリック・ラボを創設した。V2が出現する二年前の話だ。生成AI関係のIT企業がどうして遺伝子工学やバイオ工学に手を出しているのか、不審で仕方なかった。AIの力をあらゆる分野に活用するためだとか、超高齢社会での医療技術の発展のためだとか、綺麗事が沢山書いてあった。……本当か? 本当に彼女は何も知らないのか?」
「どうしてそんなに博士を疑うの」と、ティンクル。
「疑うさ。あり得ない事象が周囲で次々に起こっているんだ。俺達はその中心にいる。この力は、技術は、一体どこから持って来た? 彼女は何者で、何を企んでいる? ラボの連中はどこまで知っているのか、もしくは知らないのか。その辺り、きちんと説明して貰わないと、納得なんか出来っこないんだよ」
「ま、まぁまぁまぁ。それくらいにしようよ、健太郎」
興奮気味の健太郎は、前のめりになって語気を強めるばかり。
伊織はサッと手を出して健太郎を制し、落ち着いてとジェスチャーした。
「ティンクル達がそれ以上分からないって言うんだから、多分そうなんだよ。どうして所長が僕らを選んだのか、どうしてあんなに凄い研究所があるのか、確かに色々気にはなるけれど、強引にことを進めるのは、多分得策じゃないと思う」
「……それは、そう」
「でしょ? ここは穏便に、僕らで少しずつ探っていくしかないと思うんだ」
伊織の言葉に少しは落ち着きを取り戻したらしく、健太郎はソファに深く座り直して腕を組んだ。
「探る、というと?」
「研究員ひとりひとりに、僕らが分担して色々話を聞くしかないんじゃないかな。所長のこと、スカウトされた時のこと……」
「所長が何者か、知っている人間がいれば、その詳細」
「そう。年配の所員さん……例えば三ツ浦さんとか更科さんとかなら、何か知ってるんじゃないかな。あ、館花さんとか」
「ガード、硬そうだけどな」
「断片的にでも分かれば良いと思う。あとは繋ぐだけだし」
と、ここまで言って伊織はフッと床にいる二匹のうさぎのぬいぐるみに視線を落とした。
「内緒にしてね」
人差し指を立て、伊織はゆっくりと腰を屈めた。
「僕らが色々探っていること、ラボのみんなには教えないで。それとももう、知られてる?」
ブンブンと、ティンクルが首を横に振る。
「大丈夫。記録されているのは《ステラ・ウォッチ》の位置情報だけ。会話は記録されていないから」
「君達との会話も?」
「パートナーAIは登録されたウォッチ所有者以外の人間から秘密情報を探られたら、それまでの記録を自動で消去するようプログラミングされているの。ラボの皆はそれを知っているから、無闇にあたし達を質問攻めにはしないはずだよ」
なるほどと伊織は健太郎と顔を見合わせた。
「俺達の秘密やプライベートはある程度守る。けれど、俺達にも秘密を探らせない。そういうスタイルか」
「あんな感じだけど、本当は良い人なんだよ、緑川所長」
「それを確認するためにも、探ろうって話だ」
うんと二人、頷き合う。
「情報共有はオフラインで」
「何かあったら、ここに来る」
「メモ用紙を置いておくから、そこに書き込む、でどうだ」
「うん。時間、合わない時はそうする」
薄暗くなった室内で、伊織と健太郎がそんな話をしていた頃――……
知らないところでまた別の問題が生じていることに、まだ彼らは気付いていなかった。
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知らないうちに3月ですね……
色々と忙しい時期で、後回しにしていた色んなものがズッシリとのし掛かり、泣きそうです……
一個一個頑張って片付けましょうね……
文フリ東京42に出店することになったのですが、エンジェルステラのグッズも持っていきたいな……(余裕あれば)
BOOTHよりちょっとお買い得なヤツを用意したい(希望)ので、3月4月はその準備かな……
今後も毎週少しずつではありますが更新していきますので、お付き合いいただきますと幸いです……!!




