chapter.4 命の恩人
健太郎の告白はあまりにも予測と掛け離れていて、伊織には全く現実味のないものに思えていた。
普段はヘラヘラと上機嫌で、何かにつけてネチネチと絡んでくる健太郎の、真っ暗すぎる過去。
奥さんは死んでいると、単純にそれだけを聞かされた時には、まだ何となくそういうバックボーンがあるのだと信じるに値する物があったというのに、今の話はまるで嘘みたいな、全くの作り話にさえ思えてしまう。
「信じなくてもいい。陽菜子のことは俺が覚えていれば良いことだし、お前には全く何の関係もない話だから」
健太郎に言われて、伊織は自分が怪訝そうな顔をしていたことに気が付いた。
「ちっ、違ッ」
「いいって。気にすんなよ。隠してた俺が悪いんだ。あのとき全部喋ってた方が良かったかなって思うこともあったけど……出来なかった。不安だった。こんな救いのない話を聞かされて、お前が俺と魔法少女を続けてくれるか分からなかったから」
隣に居る健太郎は、伊織の知らない大人だった。
「嫌いになってもいいんだぜ」
「え?」
「……あ、違うか。お前、最初から俺のこと嫌いだもんな。悪い」
はははと、自虐的に笑う声。
「加害者家族と被害者家族、それだけで随分印象も立場も違ってくる。俺は自分を被害者家族だと言い張ってきたけど、世間はそうは見てくれない。だから全力で隠し通すんだ。全部自分の中に押し込んで、悪いのは陽菜子じゃない、あの日、あの場所で食事をしようとセッティングした俺が悪かった、彼女の両親を呼んだのが悪かった、未知のウイルスなんて他人事だと警戒もせずに優雅に過ごしていた俺が悪かった……って」
「それは違う」
「どこが」
健太郎は強い口調で伊織の声を遮った。
「どこが違うんだ。俺は助かった。陽菜子は死んだ。腹の子も死んだ。彼女の両親も、あのレストランに居合わせた客も、死んだり、傷付いたり――たくさんの物を失う切っ掛けを、俺は作った。自暴自棄になった。責められて、貶されて、何もかも嫌になって、生きている理由なんて何一つ見つけられなかった」
ふぅと、一旦健太郎は話すのをやめて、ソファに深く座り直した。
彼はまた、どんどん沈んでいく太陽に側面を照らされた白木の箱に、ゆっくりと視線を戻した。
「あと一歩、遅かったら俺は、死んでいたんだと思う」
「え?」
「半年間、家に引き籠もった。仕事に行けなくなって、最初の頃はコンビニに行く程度なら全然出来てたのに、そのうち家から一歩も出られなくなった。気付いたら一日一食、食うや食わずの生活になっていて――ベッドから起き上がることも、徐々に難しくなってきた頃、課長が訪ねてきたんだ」
健太郎はそういうと、ズボンのポケットに手を突っ込み、名刺入れを取り出した。そこからスッと差し出した名刺には、《そらいろ生命南東京支社営業部》の文字。
「課長は、命の恩人だよ。娘さんがV2に襲われたとかであの頃は本当に大変だったはずなのに、不甲斐ない部下の心配して、ちょこちょこ食べ物持ってきてくれてさ。娘を元気づけたいから、キュアキュアのことを教えてくれ、なんて言ってさ。なかなか、強引な言い訳だった。リアタイのやつから、古いやつから、課長にせがまれるまま、色々喋って――あれがなかったら、俺はもうとっくに死んでた」
「やっぱり、健太郎は父さんの」
名刺に目を落とした伊織の一言に、健太郎はエッと小さく声を上げる。
「……何だ、知ってたのか」
「ううん。知ったのは、昨日。家で偶々、そういう話になって」
「なにそれ。偶々、俺の話になる?」
「なったんだよ。偶々」
二人、目を合わせたまま、しばしの沈黙。
微かに聞こえる電車の音、車のクラクション、雑踏の騒めきが、やたらと二人の耳に響く。
プッと最初に吹き出したのは健太郎だった。
くくくと肩を揺らし、それから耐えきれなくなったようにブハッと大きく笑い出す。
「――んだよ、くっだらねぇ!!」
突然笑い出した健太郎に、伊織は目をぱちくりさせた。
「くだらねぇくだらねぇ!! 隠す意味もねぇのに必死に隠して、フェアじゃないなんて勝手に思い込んで。バッカみてぇ!! あぁ~、やめだ、やめ!! こんなことに神経使うのはやめよう!! くだらなすぎて腹減るわ!!」
頭に手を当て大笑い。何が面白いのか、伊織にはサッパリだったが……ここで一つ、疑問が残る。
「でもこれって、偶然なのかな」
「……え?」
ボソリと零した伊織の言葉に、健太郎はピタッと笑うのをやめて表情を戻した。
「偶然、同じ電車の同じ車両に乗った僕らに声を掛けたのかな?」
「――つまり?」
「父さんを通じて僕と健太郎は繋がってた訳だよね。偶然にしても、何か出来過ぎてるっていうか。確率が、高過ぎないかな。V2モンスターの被害が出るようになってから三年経つけど、合計罹患者数と被害者数を考えても、僕らが魔法少女として選ばれる確率、本当はもっともっと低いはずじゃないかなと思うんだ」
「偶然じゃない?」
「緑川所長、何か最初から変なんだけど、何がどう変なのか、僕には説明が出来なくて。健太郎はどう思う?」
話題を振ると、健太郎はさも嬉しそうにきゅっと口角を高くした。
「どうって、怪しさ百万パーセントだろ、どう考えても」
「だよね。選考基準、本当のところはどうだったんだろう……聞いたって教えてはくれないと思うけど」
「探らないか? 俺達で」
さっきまで暗い影を落としていた健太郎の表情が、妙に明るい。
まるで伊織からそういう話が出てくるのを待っていたかのように、彼はズズッと間を詰めて、伊織の肩にグッと手を回してきた。
「探ろうぜ、緑川瑠璃絵の真意を。俺達が魔法少女になる羽目になった、本当の理由を」
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今週もどうにか更新出来ました。
後書きまでちゃんと読んでくれる人ありがとう☆
雰囲気にそぐわないかなぁと、最新エピソードにだけ後書き書いてるんですよね。
大したことは書いてないですが、ぼちぼち続けますね。
今後も毎週少しずつではありますが更新していきますので、お付き合いいただきますと幸いです……!!




