chapter.1 モヤモヤ
昼休み、屋上でいつものようにぼっち飯をキメていた伊織のところに安樹星来が現れる。彼女はいつもより少しご機嫌そうな顔で、グイッと手を伸ばしてきた。
「おつりとレシート」
なるほど、前日カラオケ代を支払った残りのアレだ。コンビニATMの封筒が可愛い花柄のマスキングテープで止めてある。
「ありがとう。夜ご飯の足しになった?」
「あなた達、殆ど手を付けないうちにいなくなったでしょ。食べるの大変だったんだから」
「はは。でも、安樹さんが居てくれてよかった。会計も頼めたしね」
封筒を受け取り、伊織はふぅと溜め息を吐いた。
「浮かない顔」
安樹は当たり前のように伊織の前に座って弁当を開き始めた。
「久々に変身して疲れたとか?」
「いいや、そんなんじゃなくて……」
唐揚げを掴んだまま伊織の箸が止まっているのを見て、安樹はふぅんと眉根を上げた。
「健太郎って人と何かあったんだ」
「別に、そういう訳でもないんだけど」
「じゃあ何よ」
「まぁ、なんて言うか……って、君に言う必要ある?」
「だったら聞くけど、私の他に話せる人居るの? その話題」
「……居ないけど」
「でしょ?」
言い返せない。
仕方ないとばかりに、伊織は一旦弁当を置いて、肩を落としたまま安樹に目をやった。
「隠し事……されてて」
「隠し事?」
「たいしたことじゃないんだけど、何だかモヤモヤしちゃうって言うか……別に、気にしなかったら良いことなんだけど、一回引っ掛かると、どうも……」
「円谷君の他に本命の彼氏がいるとか」
「何でだよ」
真面目に話を聞いてくれるのかと思えば安樹はそんな調子で、どうも噛み合っていない気がする。
「大体、健太郎にはちゃんと大事な人が――って、そうじゃなくてさ。安樹さんもそうだけど、なんて言うの……? 知らない間に、僕のことを知ってたというか。エンジェルステラを始める前から僕のことを知ってた。それだけなんだけど」
ふぅんと、安樹は口角を上げた。
「君は自分の狭い世界の中でしか生きてなかったから、そう思うんだよ」
「はぁ?」
「世界は広いし、人間関係は複雑に絡み合って、知らない間に横の繋がりが出来ていたりする。私と君もそう。私のおじいちゃんが君の妹を傷付けた、私は君に興味を持った。学区も違う、名前も知らなかった君との出会いは運命だった。君のことを健太郎さんが知っていたのも運命だったのかも。赤い糸で結ばれてたんだよ、ずっとずっと前から」
「赤くはないと思うけど」
「赤いでしょ。相思相愛に見える」
「くだらな」
「どうかしら。案外間違ってないと思うけどな」
相談する相手を間違ったと、伊織は直ぐに後悔した。
そもそも自分をストーキングするような危険極まりない子に相談すべきではないのだ。
「健太郎さん、めっちゃいい人でしょ。彼、君のこと、凄く優しい目で見てるよ」
「ま……うん。そうだね。弟みたいに思ってるのかな」
「いや、アレは弟を見る目じゃないよ」
「何それ」
「恋人を見るような目で見てるよ。知らないの?」
ジト目で見つめてくる安樹に、伊織はブルッと背中を震わした。
「き、気持ち悪いこと言うなよ」
「気持ち悪い? そうかな。恋愛は自由だよ。誰を愛して、誰を欲するか。まさか君、今時異性間恋愛以外認めない派?」
「……健太郎のこと何も知らないくせに、変なこと言うなっていってんの」
「だったらさ。君はどれくらい、彼のことを知っているの?」
――どれくらい。
言われて、伊織は少し考えた。
「どのくらいって、それは」
部屋には行った。キュアキュア愛がヤバいことも知っている。奥さんが死んだこと、筋トレが趣味だとか、見た目以上にストイックなこととか。
「君が傷付くと悪いから、敢えて言わなかったんじゃない? 彼は君を、凄く大切に思っているから」
「僕が傷付く? どうして」
「私には分かるけど。健太郎さんの気持ち。私も君を傷付けたくなかったから、言うのずっと躊躇してたもの。……嫌でしょ、自分の家族を傷付けた人間の血を引いている誰かが近くに居たなんて。私なら、絶対に嫌だもの」
「安樹さんみたいにガッツリ重たい系の隠し事じゃなくて、単に父の部下だっただけなんだ。けど、だったら言ってくれれば」
「言って、どうするの? 君のお父さんと仕事をしている、仕事以外の会話もしている、君が魔法少女になったことを知っていながら、君のお父さんと一緒に仕事を続ける彼の気持ちは考えたことがある? 最悪だと思うけど」
「最悪?」
「そりゃそうでしょ。どういう顔をして上司の顔を見れば良いの。きっと彼は、おくびにも出さず淡々と仕事をしている系の人間でしょ? もうちょっと、彼のこと考えてあげても良いと思うな」
……ぐうの音も出ない。
言い返せなくなった伊織は、止まっていた箸を動かして、もぐもぐと弁当を掻き込み始めた。
「まどかのときはしゃんとしているように見えるのにね」
とどめの一言に伊織が思いのほか傷付いたことを、澄ました顔で弁当を食べる安樹は知る由もないようだった。




