chapter.6 なぎさと渚
久しぶりに遅い時間に帰宅した伊織を待っていたのは、まどかの復活に感極まった妹ののどかだった。
「お兄ちゃん、どうしよう……!! まどかが復活した!! なぎさが尊い~~~~!!!!」
「あ……うん」
このところ、たった一人で戦い続けるなぎさを心配してばかりだったのどかにしたら、大事件だったに違いない。
リビングでは大画面で何度も動画を再生していたようで、母のみどりも見飽きたとばかりに肩を竦めていた。
大画面の中で必殺技を打つ二人。続いて泣きじゃくるまどかと彼女を抱き締めるなぎさが映ると、のどかはキャーキャーと黄色い歓声を上げ、感極まってバタリとソファに倒れ込んだ。
「まどかちゃん、戻ってきて何よりだけど、これだけ注目されるとちょっと可哀想よねぇ」
ネット上では既に二人の抱擁シーンが拡散されていて、スマホにガンガン関連ネット記事の通知が流れてくる。SNSもずっとその話題らしく、ラボでも動画や記事を遅番の館花に見せられてきたばかりだった。
伊織はダイニングの椅子に荷物をドサッと置いて、ハハッと苦笑いした。
「ま、まぁ良かったんじゃない? これでエンジェルステラも二人揃ったんだから」
「――あれ? お兄ちゃん、目、赤くない?」
ガバッとソファから立ち上がったのどかが伊織の直ぐそばまで駆け寄ってくる。
十センチばかり小さいのどかは、グッと背伸びして伊織の顔をまじまじと覗き込んだ。
「な、何だよ! あか、赤くないし!!」
「赤いよ? あれ、鼻先も赤い。泣いた?」
「違っ! 夜風が寒かったの!!」
必死に顔を背ける伊織を執拗に追いかけるのどか。
しつこいのは困るけれど、元気になったのどかが楽しそうに騒ぐのは、決して不快ではなかった。
「なんだなんだ、二人で楽しそうに」
割って入ってきたのは、伊織より一足遅く帰ってきた父の良悟だった。弁当箱をみどりに渡し、ニヤニヤと表情を緩めている。
「おかえり、パパ! あのね、まどかがね」
「復活したなぁ!! 良かったぁ~~!!!!」
バッと両腕を開いた良悟の胸に、のどかが嬉しそうに飛び込んでいく。
ギュッと抱き締め、そのまま一回転。
「良かった良かった!! 心配してたんだよなぁ。まどかちゃん、どうも他人じゃないような気がして!!」
他人じゃない、に反応し、伊織は顔を引き攣らせた。
「本当に良かったよ!! な、母さん!!」
「本当よね~。推しのまどかちゃんが戻ってきて何よりだし、のどかも嬉しそうだし」
沢山撫でられて、のどかはかなりの上機嫌。こんなに嬉しそうなのどかを見たのは久しぶりだ。
ラボでもみんな嬉しそうだった。所長の緑川瑠璃絵さえ、あのクールな顔を少し崩していたくらいだ。
「これで渚君も元気になってくれるかなぁ……」
ボソリと零した父の言葉を、伊織は逃さなかった。
「なぎさ君?」
「あ、あぁ。ウチの営業の若手社員。渚って名字なんだけど、結構なイケメンでさ。亡くなった奥さんの影響でキュアキュアに詳しくて、色々と教えて貰ってるんだ」
「へぇ~。キュアキュア好きのイケメンかぁ~」
「ウチの子ども達がハマってるって話したら、何回か前のシリーズのヤツまで教えてくれて。お陰でのどかの話にも付いていけるって訳だよ」
「なるほどねぇ。で、その渚君、エンジェルステラも好きってこと?」
「そうなんだ。まどか推しってことは聞いてたんだよ。最近、まどかが姿を見せなくなって、それから随分落ち込んでたみたいだったからさ……。本人、口には出さないんだけど、だいぶショックだったっぽいんだよね。渚君、ウチのエースだから、元気出して貰わないと。このところ、V2被害も拡大してるし、少しくらい明るいニュースがないと士気が下がって大変で」
――渚って名字
――亡くなった奥さんの影響で
――キュアキュア好きの
「え、待って」
全身から血の気が引いていくような感覚、強い吐き気。
伊織は思わず両手で口を塞ぎ、大きくよろめいた。
ソファの角に足が当たり、そのままドンッと尻餅をつく。
「大丈夫? 伊織!」
頭がぐらぐらする。
偶然なのか。偶然にしては。
「だ、大丈夫。ちょっと目眩が」
心配する家族を振り切って、伊織は自室へと戻っていく。
バタンと扉を閉めてベッドにダイブ。
「……ちょっと待って。何だよ、何か、変じゃないか?」
照明も付けないまま枕に突っ伏し、伊織はしばらくぐるぐると思考を巡らした。
「何が起きてるんだ。僕のこと、健太郎はいつから知って……」
右手が左腕の《ステラ・ウォッチ》に触れる。
伊織はハッと飛び起きて「ハロー・ティンクル」――久しぶりに相棒を呼び出した。
「伊織! おかえり!」
「――教えて、ティンクル。あいつは……健太郎は、いつから僕のこと知ってたの」
まっ暗い部屋の中、浮遊する白うさぎのティンクルは、ベッドの上で肩を落とす伊織を無表情に見下ろしている。
「知らないよ」
「緑川所長はどうして僕を選んだの。健太郎と僕を選んだのは、本当に偶然なの?」
「そんなことを聞かれても」
「答えないの? 答えたくないの?」
ティンクルは何も言わなかった。
伊織は頭を何度もグシャグシャと掻きむしり、言葉にならない感情を拳に込めてベッドに振り下ろした。
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次回から新章入ります。
新展開にご期待ください……!!
今後も毎週少しずつではありますが更新していきますので、お付き合いいただきますと幸いです……!!




