chapter.5 ただいま
膝が震えていた。
放った技を全部自分が受け止めたみたいに、全身に言いようのない痺れが走っているのを、まどかは感じ取っていた。
崩れ落ちる。
なぎさに繋がれた手を残したまま、まどかは崩れるようにへたり込み、コンッと地面に額を付けた。
蜥蜴型のV2モンスターが光に消えていくのを感じながら、まどかは大きく肩で息をした。
「立てる?」
「待って、もうちょい」
興奮しすぎて、溢れ出す涙を止める術が分からなかった。しゃくりあげて、嗚咽して――いつの間にか変身出来ないことが苦痛になるくらい、エンジェルステラにのめり込んでいた自分に気付く。
「まどかが戻ってきた……!」
「合体技、久しぶりだったよね」
「なぎさ、まどか! ありがとう……!!」
エンジェルフェザー・ガードが切れて、住民達が二人の元に恐る恐る駆け寄ってくる。
たくさんの足音が地面を伝って聞こえてくるのに、まどかは動かない。動けないのだ。
薄暗い空、街灯の明かりがスポットライトのようにまどかとなぎさを照らす。
口々に感謝と感動を零しながらやってきた住人達の声は、背中を丸めて震えるまどかと、彼女を見守るなぎさの姿を確認したところで、ピタッと止んだ。
「ごめん、もう少し」
小さな体を震わしたまま、それしか言えないまどかの隣に、なぎさはよいしょと屈み込んで、ゆっくりと背中を撫でる。
まるで幼子をあやすようなその仕草と表情に、ある人は尊さを覚え、ある人はもらい泣きし、ある人はこの様子を共有したいと動画を撮った。
花壇は踏み荒らされ、街路樹は薙ぎ倒されて、一階から二階部分のベランダや壁はボロボロで、遠くで泣く子どもの声がまだ響いている。けれど二人の居るその空間は、そんな状態であったにもかかわらず、全く別世界の――柔らかな光の中に浮かんでいるような不思議な空気に包まれていた。
「戻ってきてくれてありがとう、まどか」
「うん」
背中からまどかを抱き締めるなぎさ。
たくさんの人々に囲まれていたというのに、二人だけの世界に行ってしまったかのように、まどかとなぎさは恥ずかしげもなく会話を続ける。
「無理しなくても良かったのに」
「――無理じゃない!!」
ガバッと、涙と鼻水でぐちょぐちょの顔が覗く。
「無理じゃない。やめるの、やめる」
「え?」
膝立ちになり、まどかは自分の背中に回っていたなぎさの腕を解いて彼女の両肩をグッと掴んだ。
グスッと鼻を大きく啜り、二の腕で涙を拭う。
それからなぎさの目を真っ正面から見つめ、意を決したように話し出した。
「魔法少女、やめるのやめる……!! なぎさと一緒に戦いたい。みんなを助けたい。この世からV2被害をなくしたい。僕が戦ってどうにかなるなら、全力で頑張りたい。みんなを幸せにしたい。笑顔を守りたい。誰かが苦しむのを見たくない。僕は、僕は魔法少女で、まどかで――……。戻れるわけがないよ、魔法少女じゃなかった自分になんて!! 苦しくて苦しくて苦しくて、ずっとずっとずっと後悔したんだ!! どうしてあんなことを言ったんだろう、どうして逃げようとしたんだろうって何度も何度も!!」
「まどか……」
「追いかけられるのが怖かった。正体を知られるのが怖かった。けれどそんなの言い訳じゃないか。僕は何をしてたんだ。逃げて逃げて、心の中がずっとモヤモヤして、何を食べても美味しくないし、何を見ても面白くない。そんなの全然つまらない。つまらないまま大人になって、何もかも後悔して、取り返しの付かない未来になっちゃうくらいなら、魔法少女になって戦ってた方がずっと良い。どんなに辛くても苦しくても、それがみんなの明日を守るためだと思えば頑張れる。僕は、魔法少女で、エンジェルステラのまどかで……!! 君と、なぎさと一緒に戦うことを選ぶ。それじゃ、ダメかなぁ……?」
まどかの目は、真っ赤だった。
真っ直ぐに見つめられたなぎさは、まどかの告白にしどろもどろになって、しばらく動けなかった。
――パチ、とどこからともなく音がした。
パチパチパチと、誰からともなく叩かれた手は、やがて大きな拍手となる。
「――え? あれ???」
そこで初めて、まどかは気付く。
「あ、ああっ!! 僕、みんなの前で泣いて……」
顔を真っ赤にして両手で涙を隠そうとするまどかを、なぎさはギュッと抱き寄せた。
なぎさの豊満な胸に頬が当たる。柔らかい。
いつもなら抵抗するのに、妙に力が入らなかった。
「まどか! ありがとう!!」
住民らしき女の子が一歩踏み出して声を掛けた。
「待ってたよ」
「戻ってきてくれてありがとう!」
ひとりひとり、無条件にくれる拍手と言葉。
それはまどかにとって、全く予定外で――……
孤独に、勝手に苦しみ続けた彼女にとって、温かく、心に沁みる、とても単純で、素敵な言葉だった。
「待っていてくれて、ありがとう。ただいま……!!!!」




