chapter.5 魔法少女はやめたから
のどかがV2に襲われたのは、二年前の冬。中三だった伊織は、学校帰りに優也と同じ塾に通っていた。伊織にスマホが与えられたのはこの少し前。V2蔓延のため長期休校となっていた学校が再開されたとき、両親が念のためと兄妹二人に与えたものだった。
お守り代わりでしかなかったスマホがひっきりなしに制服のポケットの中で震えて、怖いなと思いながら恐る恐る手にした時、母の悲痛なメッセージが待ち受け画面の中に見えた。
動転する伊織を介抱しながら優也が病院まで付き添ってくれなかったら、どうなっていたか、考えるだけでも恐ろしい。
そんなこともあって、伊織は優也に頭が上がらない。感謝しても仕切れないぐらい感謝をしてるのだ。
あとのことは、ぼんやりとしか覚えていない。思い出したくなくて、ずっと記憶に蓋をし続けている。
のどかを傷付けたV2モンスターが、小学校の登下校の見守りをしてくれていたおじいちゃんだと知ったのは、確か葬儀の前日だった。パート先で情報を仕入れた母がボソリと言った、それが耳に残っていて、当日の朝、父に無理を言って葬儀に連れて行ってもらったのだ。
地元では有名な世話好きのおじいちゃんだった。
どんな理由であれ亡くなったことは悲しかった。
急に倒れて亡くなったのだと、葬儀会場で誰かが言っているのを聞いた。本当の死因は伏せて、ただ故人を悼む。それが正解なのだと、伊織は何となくそう感じたのを覚えている。
父が参列者名簿に名前を書くと、受付の人がギョッとしていたのは確かだ。
遺体も骨もない、空っぽの、形式だけの葬儀で、遺影のおじいちゃんはいつものように笑っていた。
「あのとき……君も、そこに?」
恐る恐る安樹の顔を覗き込むと、彼女は目を潤ませている。
「君にとってはたいしたことじゃなかったかも知れないけど、私にとっては凄く重要な出来事だった。それから君を……追いかけてる」
「そっか……」
コンクリの上に転がった弁当のおかずを拾い上げ、蓋の上に置く。食べられそうなものは食べたいが、うっかり箸も落としていることに気が付いて、伊織はハァと溜め息をついた。
「残念だけど、魔法少女はやめたから」
「え?」
「懸賞金はかけられるわ、面と向かってボロクソ言ってくるヤツはいるわで、結構メンタルボロボロなんだよね。隠すのも疲れたし」
《ステラ・ウォッチ》を外した左手首を軽く擦り、また伊織は溜め息をついた。
「楽しかったけど、僕の力が及ばなくて、混乱させて、誰かを傷付けて。僕らが魔法少女なんかにならなければ、RABIだってナイトスカイのアイドル達だって、あんなことにならなかったと思うし。……やめる。その方が良い」
「そんな」
「変身、出来ないから。やめたんだよ、もう」
弁当を片付けて、伊織はすっくと立ち上がった。
「円谷君!」
伊織のズボンを安樹星来は力一杯引っ張った。
「まどかに救われたよ、私は。君がまどかで良かった。助けられた。勇気づけられた」
「そういうのは、いいよ、もう」
「良くない! ちゃんと話を聞いて! 逃げないで!!」
ビクリと、伊織は肩を竦めた。
安樹の縋るような目が……痛い。
「まどかに、お礼が言いたい。君と、まどかに」
「――ごめん」
伊織はギュッと奥歯を噛んで、安樹の手を払いのけた。
ビョウとまた、冷たい風が吹いた。
食べ残した弁当片手に、伊織は塔屋へと向かっていった。
*
何となく気分が優れなかったこともあって、午後の授業に身が入らなかった。相変わらず高いテンションの優也には付いていけず、伊織は彼の誘いを断って一人で帰ることにした。
普段ならチラチラスマホの画面を確認しながら帰るのに、それすら面倒だった。
左の手首がスースーした。無意識に左腕を腰の辺りまで上げて、何もないのだと言い聞かせながら腕を下ろすのを繰り返した。
曇天の下、遠くでサイレンが鳴っている。遅れてドンッと破裂音。
湿り気のある空気を伝うと、晴れている日より早く音が伝わるはずだと、視線を音のした方に向ける。
にわかにざわざわし始める駅前通り、交差点の大型ディスプレイにV2出現の文字。
「向こうの通りだって」
「マジ」
「ビルに逃げ込め!」
「エンジェルステラ来る?」
道行く人々の声に耳をそばだてるが、正確な場所や被害内容は分からない。
胸がざわつく。もう、無関係なはずなのに。
立ち止まったまま動けない伊織の肩に、何人かの肩がぶつかった。
「――円谷君!」
名前を呼ばれてハッとする。
いつの間にか、目の前に安樹星来が立っていた。
「何してるの」
「え、何って」
今日も今日とて、安樹は空気を読むこともなく伊織の後を付けていたらしい。
「行かないの」
伊織はひょいっと横を向いて、彼女から意図的に目をそらした。
「君は、何をしてるの。君が逃げたらお終いじゃないの」
「別に、そんなこと」
――ワアッと突如、あちこちから歓声が上がった。
群衆の視線を辿ると、大型ディスプレイに蜘蛛型のV2モンスターと戦うなぎさの姿が映し出されている。
「エンジェルステラ来てる!!」
「やった!!」
「なぎさ可愛い~~!!」
「頑張って、なぎさ~~~~!!!!」
サッカーか野球の観戦が始まったみたいに、みんながみんな立ち止まってディスプレイに注目し、彼女の活躍を見守り始めた。
手を合わせて祈る人、拳を突き上げて応援する人、声を張り上げて名前を呼ぶ人……
テレビ局の飛ばしたドローンがなぎさとV2を追う。
なぎさは素早い動きでビルとビルの間を飛び回り、蜘蛛の飛ばした糸を悉く切り刻んだ。
魔法攻撃、肉弾戦。
なぎさは一人で戦い続けている。
「なぎさ、頑張ってるよ。君は?」
安樹がまた、伊織に詰め寄る。
伊織はディスプレイのなかのなぎさを、ただ目で追っていた。
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