chapter.5 変身、まさかの魔法少女?!
「え? どゆこ……」
思考がフリーズした。
変身……? 特撮ヒーロー的な、ではなくて、つまりこれは。
「攻撃して!!」
後方から緑川の声。
「変身後は身体能力が強化されているはずだ! 今の君達なら余裕で倒せる!!」
顔を上げる。
毛むくじゃらの、人間の二倍近くまで膨れ上がった獣と、誰かが戦っている。
獣は犬のような熊のような得体の知れない何か。後ろ足で立ち上がると電車の天井を擦りそうなくらい巨大なそれに、伊織は圧倒されていた。
獣の行く手を阻むように、華奢な女性が長い足で素早く蹴り上げているのが見える。
黒いフリルの衣装に、長い金髪のポニーテール。スラッと伸びる足には鮮やかな蛍光グリーンのラインが入った黒スパッツと白のショートブーツ。巻きスカートの裾が流線を描いて揺れている。
「キュアキュア……!!」
伊織は自分の口から零れ出た声に耳を疑った。
おかしい、声が高い。まるで声変わりする前の、いや、妹の、のどかの声に似ている……!
――ガンッ!!
見た目よりもずっと重い一撃に押されて、獣が車両の壁に勢いよくぶつかった。大きく車体が揺れ、キキーッと線路と車輪の擦れる音が響いた。
女性に蹴り上げられた獣のような何か――全身黒い毛で覆われ、シルエットが既に人間ではなく、理性もなく、ただ牙を剥き出しにしてよだれを垂らし、叫び声を上げる化け物は、恐らく魔物化したV2罹患者に違いない。
「お前も戦え!!」
「た、戦え……?!」
黒い衣装の彼女に急かされて立ち上がった伊織は、一体何が起きているのかと周囲を見渡した。
キュアキュア風の綺麗な彼女が獣に向かって飛び上がり、滞空したまま両拳を連打する。一発一発が、少女のそれとは思えぬ程重い。鈍い音が車内に響く。同時に車体も激しく揺れる。
普通の魔法少女とは違って、キュアキュアの戦闘は肉弾戦が主体だ。華奢でか弱い女の子が、魔法の力やアイテムに頼らず、強化された肉体のみで敵を撃つ――そのスタイルがあらゆる世代に刺激を与え続けている。
絶望に打ちひしがれていた伊織とのどかを救ってくれたのは、間違いなくキュアキュアだった。
目の前で展開されている光景も、まさに。
そして、すっかり日が落ち鏡のように車内の様子を映し出している大きな車窓に、伊織は自分と同じ動きをする魔法少女の姿を確認した――!!
「ぼ……僕が、キュアキュア……?」
腰まで伸びたふわふわのツインテールはピンク色。白ベースの衣装の下には紫色のインナーとパニエ。胸当ての真ん中には、星と翼を模したマークが光っている。
足元には、黒い衣装の彼女とお揃いの、白いロングブーツ。
伊織が表情を変えると、車窓に映る魔法少女も表情を変える。動けば同じ動きをする。
それってつまり。
「ボサッとするな!! そっち行ったぞ!!」
「はい!!」
黒い衣装の少女の怒号に、伊織は反射的に返事をしていた。
動かなきゃと頭で考えるよりも早く足が動く。
咄嗟に飛び上がって吊革を掴み、四つん這いで迫り来る魔物をすんでで躱す。吊革から素早く手を離してクルッと空中で数回転、勢いを付けたまま魔物の背中に組んだ両手を振り降ろす……!!
ガクッと魔物の膝が崩れ落ちたのを確認してすかさず手前に回り込むと、伊織は怯んだ魔物の頭部を回し蹴った。
ダンッと激しく床に叩きつけられた魔物は、両手足を天井に向けて勢いよくひっくり返った。
『今だ!! 二人で両手を合わせて!!』
後方から聞こえていると自覚していた緑川の声が、いつの間にか頭に直接響いている。
戸惑う伊織に、
「無印」
黒い衣装の彼女が伊織の左隣にやってきて、そっと短く呟いた。
「必殺技!」
「――はい!!」
キュアキュアシリーズ最初の一作、ファンからは無印と呼ばれているその作品の、一番の売りは二人揃っての必殺技。二人が揃わなければ変身も出来ず、二人が揃わなければ必殺技すら撃てなかった。
その脆弱さとエモさ、固い絆とによって生み出される必殺技に、どれだけ心を揺さぶられたことか。
黒い衣装の彼女がサッと伸ばしてきた右手を、伊織は左手でパシッと掴んだ。
互いに空いたもう片方の手を高く掲げ、大きく天を指さすと、二人の身体が淡い光を帯びていく。
車内の照明と電光掲示板がバチバチと火花を放ち始めた。
魔法のような、得体の知れない力が高く掲げた二人の指先に集まり、バチバチと空気を震わしていくのが見える。
興奮状態になった伊織は、手を繋いだ彼女と共に、脳内に直接響く緑川の声を無意識的に復唱した。
「憐れなる子らに祝福を! 注げ!! エンジェルス・シャワ――――――ッ!!!!」
二人同時に一歩大きく踏み込んで、掲げた手を床まで一気に振り下ろす……!!
伊織ともう一人の指先から放たれた光は、絡み合うように魔物へと突き進んだ。
――ブオッと激しく風が舞う。光の粒が凄まじい勢いで降り注ぐと、魔物は断末魔と共に粉々に砕け散っていった。