chapter.5 謂れなき中傷
雨足が弱まって来たとはいえ、まだ傘の必要なくらいの降雨量。どんよりとした空の下、薄暗くなった街を背に、目をぎらつかせた中年の男が肩を怒らせ二人を怒鳴りつけた。
なぎさとまどかは耳を疑った。
あんたらのせい……そう、聞こえたのだが。
「あそこで止めなければ、被害はこれに留まらなかった。これは、不可抗力です」
なぎさは怒りが込み上げるのを我慢して、淡々と言い放った。
しかし男は握りこぶしを高く振り上げ、更に怒気を強めた。
「魔法少女だか何だか知らないが、交差点のど真ん中でやることか!! 人の! 迷惑にならないところでやれよ!!」
「……はぁ?」
思わず前のめりになろうとするまどかの肩を、なぎさはグッと押し返した。何も言うなと首を振るが、まどかは納得しない。眉を釣りあげ、拳を握ってギリギリと奥歯を噛み締めている。
「実際そうだろう! みんな迷惑している!! YouTuneでバズったくらいで図に乗るな!!」
「図に乗る? 誰が」
「そういう態度がだ!!」
男は明らかに興奮している。
止めなければとはなぎさは思うが、まどかも次第に興奮し、うっかり男性に言い返してしまう。これは良くない。撤退を考えたいが、男との距離が近すぎる。このままでは転移に巻き込んでしまい兼ねないと思うと、動くことも出来なかった。
ティンクルとブリンクはどさくさに紛れて《ステラ・ウォッチ》の中に引っ込んでいた。
助けを求めたいが、ブリンク達はこの件に干渉しないということなのだろう。
さて、どうするか。
そうやってなぎさが躊躇している間に、集まった人達が次々に怒りを口にし始めた。
「最近いい気になってるんじゃないの?」
「可愛くもないくせに」
「RABIが配信やめたら、あんたたちのせいだからね?!」
「ナイトスカイ所属のアイドル達が、今どんな目に遭ってるか知ってる?!」
男も女も入り乱れて、指を差し、或いは拳を振り上げ――……動画を撮っているのか生配信をしているのか、無数の怒号とスマホが、交差点の真ん中に立つ二人に向けられる。
無数の傘が二人の視界を塞いでしまう。どれだけの被害があって、どれだけの人が倒れたのか、怪我をしたのか。事故車両の台数は? どこで事故が起きている? 気になるが何も分からない。気が焦る。
緊急車両のサイレンが遠くに聞こえ始めた。
このままではいけない。
なぎさは思いきって声を張り上げた。
「――今すぐ、ここから退いてください!! パトカーと救急車が来ます!! お近くの方、怪我をなさった方の介助を! 事故車両以外は速やかに退避を!!」
「論点をォ……ずらすなァァァ――ッ!!」
別の男が地鳴りのような声を上げた。
パタッと、群衆の声が止む。
一際大きな、ずんぐりとした大男が肩を怒らせ二人を睨み付けていた。
「おめぇらが悪いに決まってる!! ここ最近のV2のは全部おめぇらの自作自演だろ?! 自分達を有名にするために、わざと騒ぎを起こしてる!! それを棚に上げて何ごちゃごちゃと言ってんだ、このアマァッ!!!!」
「違う、それは違います。私達は決して」
「そうだよ、僕らはただ必死に、みんなを助けようと」
「じゃあどうして!! 魔物が出るのとおめぇらが現れるのが同時なんだ!! 説明出来るのか、それを!!!!」
説明は出来る。
出来るが、それは相手が話を聞いてくれる姿勢になっていればの話であって。
「……ここでは、言えません」
「ほらぁ!! 聞いたか、撮ってるか?! やっぱりこいつらが!!」
大男が指差し怒鳴る。
その、影で、
「一千万円」
誰かが呟いた。
「捕まえれば一千万円じゃね……? もしかして」
群衆の目の色が一気に変わった。
ヤバい、咄嗟に二人背中合わせになって《ステラ・バトン》をしかと構える。
「一千万円!!」
「懸賞金……!!」
ぶわっと一斉に、人々が動き出した。
手が伸びる、避ける。
「こ、困ります!」
「やめてっ!! どうしたんだ、みんな!!」
一人の攻撃を躱すと、直ぐそこにもう一人の手がある。それを躱すとまた別の手が襲ってくる。
傷付けるわけにはいかない、けれど捕まるわけにも。
足元はまだ濡れていて、かなり滑りやすいようだ。中にはなぎさを捕まえようとして水溜まりに足を取られ転ぶ人も居る。「大丈夫?」声を掛けても痛いとは言うが、だからと言って二人を諦めるわけでもなく起き上がってまた手を伸ばしてくる。
《ステラ・バトン》で軽く手を弾き返し、それで退いてくれれば良いのに、一千万円という金の力か、目の前に現れたエンジェルステラの二人を、札束のつもりで奪い取ろうとする。
《なぎさ、まどか、垂直に飛べ!》
ラボから直接脳内に指令。
この声は緑川瑠璃絵。
二人、振り向きながら目配せする。
「行くよ、まどか!!」
「ラジャー……ッ!!」
一旦姿勢を低くして、それから思いっ切り、空に向かって跳び跳ねる――……!!
ババッと雨天を割くように飛び上がった二人は、信号より高く、歩道橋よりも、周辺の雑居ビルよりも高く、空へ。
「ちょ、どこ行った?!」
「消えた!!」
「上だ!!」
人々の視線が上空の自分達に向けられるのを見下ろしながら、なぎさはボソッと呟いた。
「めちゃくちゃだ、何もかも」
「……うん」
交差点に続く道の向こうから近付いてくる、幾つもの赤い回転灯が二人の視界に入っていた。
サイレンの音が雨の街に響き渡る。
雨音に掻き消されていく怒号、罵詈雑言……
ラボからの遠隔操作で二人は光に包まれ、そのまま宙に消えたのだった。




